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    『40歳の童貞男』:オタクのフィギュアとVirginity
    e0039500_3203015.jpg

    寒中お見舞い申し上げます。Corinです。今日のレビュー作品は、『40歳の童貞男』(原題『The 40 Year-old Virgin』)となっております。適切な言葉を選ぶのが面倒くさいので簡潔に内容を説明すると、40歳の童貞男が童貞を卒業するために大騒ぎする、って話ですね。まあ、なんて言うか、タイトルのまんまなんですけどね。

    この映画、いかにも学問の世界で無視されちゃいそうな作品なんですが、非常によく仕上がっています。というのも、とっても分析しやすく、わかりやすいんですね。この(いい意味での)単純さこそが、Box Officeで成功を収め、主役のSteve Carellを一躍ハリウッドで有名にした所以なんじゃないかと思います。ちなみに、この『40歳の童貞男』は2005年の全米Box Office 25位で、『SAYURI』こと『Memoirs of Geisha』は27位で負け。逆に上位を見てみると、23位は『Walk the Line』、24位は『Brokeback Mountain』。オスカー受賞作品に見事に挟まれてますね。とはいえ、『40歳の童貞男』はオスカーこそ掠りもしませんでしたが、それなりに賞レースにも食い込み、特に批評家からの人気が高い作品です。

    e0039500_3205330.jpgさてさて、つい無駄話をたらたらとしてしまいましたが、今回注目したいのは、主役のアンディと、彼の所有するフィギュア・コレクションとの関連性です。主役のアンディは、内向的で、保守的。それを示すように、彼は人数合わせでポーカーに誘われるまで、一度も会社の同僚と飲みに行ったこともなく、ゲームとフィギュアのコレクションに囲まれた自分のおウチにいるのが大好き。ウチに篭って、一人でゲームに集中し、フィギュアに話しかけ、毎日を同じリズムで繰り返す。一方、彼は一見かなり地味だけど、実はユーモアに富んでいて会話も面白く、女性からはオーウェン・ウィルソン(ルークの方かも… どっちか忘れました 汗)に似てると言われるくらいかっこいいし、しかも心優しい魅力の持ち主。ここで考えてみてください。アンディって、フィギュアそのものじゃないですか?

    アンディの集めているフィギュアは、全部「箱入り」ですよね。その理由を彼は、市場で「箱つき未開封」のほうが価値が出るから、と説明しています。そして、フィギュアのキャラクターのほとんどが脇役級。かっこいいヒーローのフィギュアは誰にでも人気があるので大量生産されるため価値が出ませんが、脇役は一部の人間にしかその魅力を認識されないが故にあまり人気がなく、手に入りにくいので、これまた価値が出るんですね。そしてそして、アンディ自身も彼のフィギュア・コレクションと同様に、家という「箱」に入って、世間に出て汚されることもなく「未使用」な状態を貫いたまま、その「魅力」をシャツinスタイルの裏に隠し持った、貴重な存在だと言えるわけです。

    e0039500_325424.jpgすったもんだして、最後にはアンディは「箱」だった家から飛び出して最愛のトリーシュと結婚、Virginを卒業し、彼のフィギュア・コレクションも世に(オークションに)出て50万ドルの値をつけました。結婚式でアンディの同僚が、「(自分の子供にも)おもちゃを買おう」と発言していますが、これ、非常に興味深いです。もちろん、表面的には「今のうちにおもちゃを買って、新品未開封のまま保存して、40年後に売って儲けよう」という意味がありますが、一方で処女崇拝的な意味合いもプンプン感じられますよね。

    以上、なんだか長くなってしまいましたが、『40歳の童貞男』という作品のなかで、アンディのフィギュアは、アンディ自身のメタファーされた姿、分身なんじゃないか、ということでした。この作品を通して今回私が考えたのは、映画において、オタクが集めるフィギュアというは、Virginityつまり(性別問わずの)処女性の象徴なんじゃないかな、ということです。別にオタクはVirginだとか言ってるわけじゃありません。実際はフィギュアを箱から出して思う存分遊ぶ方もいらっしゃるでしょうし。ただ、映画のなかで、象徴として機能しているんじゃいないか、と申しているわけであります。そういった点で、あの『電車男』をもう一回見てみたくなりました。ところで、この映画は男性が主役ですが、同じような設定で女性を主役にした映画ってありますかね?
    Corin


    公式: http://www.eiga.com/official/40DT/ (日本語)
         http://www.the40yearoldvirgin.com/ (英語)
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    by corin_depper | 2007-01-12 03:27 | レビューと考察
    『男たちの大和』レビュー
    e0039500_19384042.jpg個人的な予想を反して結構な興業となったこの映画ですが、先日DVDで鑑賞して意外と面白い構造をしていたのでまとめてレビューします。

    戦闘シーンにCGなどやロケで相当豪勢に大枚がつぎ込まれたことは容易に見て取れ、それなりに感心しましたが、注目したのは主に戦時中の回想部分ではなく、時勢で言うと現在の部分のシーンでした。結論から言いますと、この映画はある意味で「男たちのらしさへの回帰とバックラッシュ」なのではないかと考えさせられたわけです。「男たち」の部分をそのまま「ナショナリズム」と代えて見る事もできると思いますが、これはもうアーロン・ジェロー氏の後追いなのでやめておきます。

    戦時中の大和とその乗組員をめぐる回想のお話しがナラティブの軸でありまたドラマツルギーの主要な部分であることははっきり見て取れますが、全体としてのナラティブの構造はその回想はある一人の男(仲代達矢)の実体験の記憶を通して回帰されたものでして、その回帰を促すのは父の過去に触れて向き合うために来た女性(鈴木京香)なわけですね。そして物語りの最終的な帰結はその男が救済をされるという形で終わるわけです。戦争へ行った世代がその子供の世代の、ここが注目すべきところですが、女性によって救済がなされるわけですよ。

    e0039500_20163675.jpgそして更に面白いところは、戦争へ行った男と戦争へ行った父を持つ娘、それに大いに触発されるのが戦争へ行った世代の孫の世代にあたる15歳の少年なわけです。一つの小さな船に乗って大和に会いに行く、この三者の構成が、3世代によって構成されているわけですね。例えば、最後に少年が船の舵を握りますよね。それはあたかも大海原に浮かぶ島、日本の舵をにぎったように見えたのは私だけでしょうかね。戦争に行った世代は次の世代の女性に救済され、それをまた次の世代の少年に受け継がれていく。ジェンダーで追えば、男→女→男なわけです。戦争に行った世代の男のイデオロギー(主に男らしさ)を2世代後の男へと継承される。そしてその媒介となるのが間の世代の女性。この辺が、この映画をジェンダーという視点で追ったときに非常に興味深いなぁと思わされた所以でした。

    言ってしまえば、この映画のお話は戦時中の回想シーン無しでも成り立つ、そういう構造になっているわけでして、海の上のこの三世代にわたる三者の物語なわけですよね。しかし、映画的なスペクタクルを回想シーンが請け負う、意外に秀逸な構造となっているわけでした。もちろん3世代を出すことによって、各世代の観客層の感情移入ポイントを作るという上でも非常に優等生的なやり方ではありますが、更にジェンダーで見たときに更に興味深いやり方をしているなぁ、なるほど、それなりの興業を上げるわけだとある種納得をした鑑賞となりました。

    さて、この映画を「戦争映画」として括って見るとまた全く違ったレビューとなってしまうわけですが、それは長くなるので割愛ということにしまして、最後にレーティングのことについてすこし。

    見たところ、この『男たちの大和』に映倫はレーティングを行っていないようですが、そうなんでしょうか?もしレーティングをかけていないのであれば、すこし考えさせられてしまいますね~。というか、日本のレーティングらしいといいますか。まず、映像的なバイオレンス度で言えば相当高い部類に入ると思いますし、その描写は見ていて『プライベートライアン』を想起させられたわけなんですけど、見てみると日本で『プライベート』はレーティングないようですね。あー、なるほど、と思うと同時に、『バトル・ロワイアル』がR15にレーティングされた記憶も蘇ってきまして、その映画の暴力的描写と『男たち』のそれとそんなに違うものかと言うことも考えさせられました。これ以上は日本の映倫とレーティング議論になってしまうので、気が付いた点としてここまで。
    Depper


    参照:
    「Fantasies of War and Nation in Recent Japanese Cinema」by Aaron Gerow
    『男たちの大和』公式HP
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    by corin_depper | 2006-09-07 20:33 | レビューと考察
    オープニングに見る『SAYURI』
    A story like mine... has never been told....e0039500_2225361.jpgということでね、様々な意味で話題の映画『SAYURI』ですが、前回の考察からまたもうひとつ踏み込んで書いてみたいと思います。

    e0039500_22174020.jpg前回は「視線」「見る・見られる」という点でこの映画を見るといろいろと見えてくるものがある、というところから始まり、



    芸者が全ての男の視線・ファンタジーを一手に集めるため存在(a object of every man's fantasy)であると映画の中でもナレーションで語られるように、最終的に、この映画は映画として「西洋人の西洋人による西洋人のための映画」というところまで書きました。つまり、元々日本人にアピールするために作られてないということがよくわかるわけです。

    e0039500_22242756.jpge0039500_22252563.jpg






    極端に表わすと、↑→という構図ですね。。。(苦笑)

    というところを踏まえた上で、今回の本題に入りたいと思います。

    まず、言語の機能から入りたいと思いますが、基本的にこの映画の台詞は「英語」で行われます。なぜって、原作が英語ですしね、製作もアメリカですし、個人的にはそれが普通の流れかなと思います。原作は未読ですが、映画内の台詞はほぼ原作通りになっているということですし、これを日本語に訳した台詞となるとまた映画の情報と意味合いが変わってきますね。原作との比較考証はまた別の切り口なのでこの辺で。

    次に、もう少し映画的な話をしますと、注目すべきは映画のオープニングシーンだと思います。典型ハリウッド映画は往々にしてそうなのですが、最初の10分にこの映画の全てのエッセンスが詰まってるといってもいいのではないでしょうか。

    e0039500_2325615.jpge0039500_2332667.jpg






    映画の始まりはすごく暗くオドロオドロしい映像で始まります。一瞬ホラーかと思うくらい(苦笑)。『市民ケーン』のオープニングを思わせましたね。そしていきなりチヨの「覗きの視点」で私たちはチヨの父と瀕死の母という切羽詰った状況を突如目の当たりにするわけです。そしてわけもわからず売られていってしまうわけですが。。。解説的な説明もなく突然始まるこの状況は少なからず観客にある種の混乱と驚きを与えるはずです。特に西洋人に対しては。なぜならここは日本語台詞で行われるからです(原作はもちろん英語ですが)。さらに、話によれば、字幕が出ないらしいのです(日本国外で見た方はご報告お待ちしてます!)。つまり、日本語が理解出来なければこのオープニングはさらにわけがわからない状態ということになりますね。

    そして観客が唯一頼れるのはチヨの視点での映像のみ。
    e0039500_23195160.jpg
    チヨが見たものをただ見るしかないのです。つまり、多くの解説的な映像をもらえずに、チヨの視線と同化せざるを得ないということを訓練されるのです。この状況はチヨたちが電車に乗せられてハナマチに着くまで続きます。面白いのは電車でトンネルを抜けると、そこは「英語台詞の世界」なのです。この「トンネル」という機能も面白いのですが、それはまた後ほど。

    多少話しがそれますが、このチヨの一人称視点に頼るという構図は、ある種一人称視点ゲームと同じ効果を持たせているのかな、なんてことも頭をよぎりました。ドキドキ感増幅です。

    さて、チヨが売られてきてからも、「チヨが見たもの=観客が見れるもの」という構図は続きます。つまり、エスタブリッシュショット(位置関係を把握するショット)がないわけで、ある種の典型ハリウッドのルールブレイク(型破り)ということだと言えるでしょう。私たち観客はその町の全景や位置関係をかなり後まで知ることができずにここでもチヨの視線に頼りっぱなしという状況に置かれます。そしてチヨの顔のアップで彼女の目は青いという画を散々みさせられるのです。もう徹底してますね。

    e0039500_23211845.jpge0039500_23213243.jpg





    ↑チヨは上を見て下を見てのショットばかりですが、多くの情報は得られません。この視点に同化させられるしかない(特に西洋人の)観客はまさに「LOST!」という感覚ではないでしょうか。この辺はぜひ日本人以外の人に聞いてみたいところですね。そして(映画を通して一貫してですが)チヨがいかに狭い空間(社会)に閉じ込められているかという↓のような比喩的な(教科書的)ショットは嫌というほど出てきます。

    e0039500_23471640.jpge0039500_23475991.jpg






    そして、ある時観客にひとつのリデンプション(救済)的なショットが与えられます。これもチヨが見て初めて見れるのですけどね。それが以下↓

    e0039500_23262350.jpge0039500_23265244.jpg





    このショットまでがこの映画(物語)の序曲(もしくは前奏部分)だと言えますね。ここから世界がガラッと空間的に広がるのです。↑のシーンもある意味そうですが、チヨいくつもトンネルを抜ける度に物語は次のステージに行くのです。以下↓のシーンは彼女が「見る・覗く」存在から「見られる・覗かれる」存在、つまり芸者になるという意思の発露が見られます。それは得てして会長さんへの恋心という動機付けがあるわけですけどね。男性が出てくる=チヨの覗く役目は終わり、次は覗かれる・見られる芸者になりなさい、ということですね。
    e0039500_23315067.jpg
    そして、ここからは芸者、つまり仮面をかぶったサユリのお話。チヨの欲求とサユリで居なければ存在できないという2層式構造に苛まれ、彼女の想いは叶わないというストレスをためるだけ貯めてあとは最後のメロドラマ的ハッピーエンドということになりますね。もう後は見たい人が見たいように見たいだけ見ちゃってください、と言わんばかり。

    映画冒頭の日本人にしてみたら「そうなの?」と思ってしまうようなナレーションa story like mine... has never been told....(私のような物語は語られたことがない)というのもそうですけど、この映画のオープニングを「視線」に注目して見るだけでも、いかにこの映画が「西洋人の西洋人による西洋人のための映画」として作られているというのがわかるかと思いますが、どうでしょう。

    おまけ
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    ↑「鏡」ショットも結構多く出てきて、どぎついですが、いかにチヨがGeishaサユリという仮面をかぶっていて、その幻影的な姿が鏡に反射されているのか、という意味を押し付けてきますね。徹底しているといえばそれまでですが、このあたりの徹底ぶりはGeishaという存在に疎い西洋人観客向けなのではないかな、と思うわけでした。
    Depper


    参考:
    華の宴*Life at Night*
    ↑舞妓、芸妓を経験した方のブログで、大変勉強になりましたー。
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    by corin_depper | 2006-01-17 00:16 | レビューと考察
    『サイドウェイ(Sideways)』について少し考える
    e0039500_20364764.jpg今日は映画の心理プロファイルのKiyotayokiさんのところから(これぞ本当の?)トラックバックで、映画『サイドウェイ』について少し考察をしてみようかと。

    最初に、まず感想。久しぶりに共感というか感情移入をして観れた映画でした。そして何故か一抹のノスタルジーを感じずにはいられないほろ苦いようでまったりとした後味。そんなところでしょうか。

    ということで、感想終わり。

    この映画の醍醐味というか大味な構造はなんといっても、中年の男と、そして、ワイン。このワインの機能がまた乙だと思います。この構図が受けた要因なのではないかなと考えます。簡単に言えば、

    ワイン=女性

    という機能ですね。まぁ、ワインなので「熟成」というのも一つのキーワードかもしれませんが。これがこの映画の象徴性であり、大きな枠組みかと思います。

    ジャンルで見れば、バディ映画(buddy movie)であり、ロードムービーであるわけです。その中年二人組みですがね、男として、つまり男のアイデンティティに関して、色々と欠陥と不安を抱えているわけですよ。つまり、「未成熟」なのかもしれません。

    ×①のマイルスは分かれた元妻の存在に雁字搦め(↑の瓶詰めになっている二人のイラストはまさに象徴的)で作家になる夢をあきらめきれずしがなくやっている英語教師の自分を否定してしまっていて、ワインに関しては絶大な自信を持っているのに、女性に対してはまるっきりオクテで自信無し。つまり、ワインは彼の最後の砦であり、最大のコンプレックスの裏返しでもあるわけです。

    対して、ジャックは俳優でこれからようやく結婚をするところ。つまり夫というアイデンティティを確立しなければいけないという岐路を迎えて、自分の中に眠る動物的な「男」を動物的に女性にぶつけることで再発見しようと試みるのです。

    つまり、彼ら二人は知らず知らずのうちに「去勢(Castration)」されてしまっているわけで、かつてあったであろう自分達の「男もしくは男根」を探す旅にでるわけです。なぜ二人でというと、最終的に「男は男によって是認されること* によって男というアイデンティティを形成すると言われます。それを正当化するのが「結婚前のアバンチュール(バチェラーパーティ)」という名目というわけです。(注*本当に彼らがそう自覚しているかどうかという議論とは全く別物です)
    e0039500_2037882.jpg
    ↑そしてそんな男二人がすること、それは最も性的な男が試される日本で言えば「合コン」英語にしても「Go-con?」です(笑)マイルスはワインにすがり、ジャックは昔取った杵柄で順調に男としての自信を回復していきます。こんなことをいい歳した男女がまるでティーネイジャーのように時間を消費する姿がどうころがっても観客の心を捕まえて話さないのでしょう。

    そしてロードムービーならではの旅の終わりが映画の終わりという局面がやってきて、男二人は友情も確認し、ある種の満喫しながらも最終的な「敗北」と「自覚」をかみ締めて、帰路に着くわけなんですが。二人の行う最後のリデンプション(救済)の描写がまたなんとも言えず象徴的です。

    ジャックは虚勢で固められたマッチョな「男らしさ」を自覚し、それを壊すことによって、夫になり一つ成熟した男性へと変化します。それは俳優という仮面で釣ったように見えた女性にまんまとだまされ、裸一貫にされる。つまり、社会的男性という鎧を全て剥ぎ取られてしまうのです。力の象徴である財力=クレジットカードの入った財布を取り戻しに行くあたり、このアドベンチャーを二人でするここに友情と男の回復が凝縮されてますね。更にはワイン=女性なら車=男性の象徴を正面からぶつけることでも彼の虚勢の男らしさは自ら壊し脱却するという姿勢が見て取れます。これがジャックの救済です。

    一方でマイルスです。彼は結局最後まで「ワイン」から脱却できずに、本来の自分に気がつきながらも虚勢からも脱却できません。そして彼のリデンプション(救済)は大事にしまっておいた自慢の「ワイン」をもっとも自分が嫌うであろう飲み方でガブ飲みし、飲み干します。これがジャックの車と全く同じ機能を果たす救済手段です。これによって、彼は男として人生を自ら先に進めることができるようになり、女性とも真正面から向き合えるようになり、ひとつ成熟をするのです。

    こんなことを考えながら↓にあるようなシーンを見ると、もう滑稽で滑稽で。また、この映画はある種、コメディながらこういう読み方を出来る映画なので、評論家心も存分にくすぐるために、人気をあいまってのアカデミー多部門ノミネートなんでしょうね。やはり、多角度からアプローチできる映画は映画賞にも興行にも相性がいいですね。知った顔でワインを飲む二人の姿↓を見て、他の人は何を思うのでしょうか。

    最後に、この映画での女性はワインのように扱われ、性的男性に対する性的女性としての機能を与えられているだけのように見えますが、女性的な視点で見るとどう映るのでしょうかね。そこに興味もありますが、そこはフェミその専門家にまかせましょうかね・・・だいたい想像は付きますが・・・(汗)
    Depper

    * アメリカの劇作家デイヴィット・マメットは''What men need is men's approval,'' と言っています。
    e0039500_20372686.jpg
    公式:
    http://www.foxjapan.com/movies/sideways/

    一言物申す:
    英題は『Sideways』ですが、邦題は『サイドウェイ』と単数形になっています。単数だと、寄り道みたいな意味しかありませんが、複数にウェイズとなると、「ごまかしの、遠まわしな、回避的な」という暗喩的な意味あいも加わってよりタイトルとして映画に深みを与えるのですがね。そういう意味では、単数にされてしまったことは個人的に非常に残念ですね。こういう繊細さが足りない所業には毎回ウンザリがっかりさせられます。。。
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    by Corin_Depper | 2005-08-30 00:14 | レビューと考察