• 映画を少しばかり外から眺めてみるそのカタチ
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    『男たちの大和』レビュー
    e0039500_19384042.jpg個人的な予想を反して結構な興業となったこの映画ですが、先日DVDで鑑賞して意外と面白い構造をしていたのでまとめてレビューします。

    戦闘シーンにCGなどやロケで相当豪勢に大枚がつぎ込まれたことは容易に見て取れ、それなりに感心しましたが、注目したのは主に戦時中の回想部分ではなく、時勢で言うと現在の部分のシーンでした。結論から言いますと、この映画はある意味で「男たちのらしさへの回帰とバックラッシュ」なのではないかと考えさせられたわけです。「男たち」の部分をそのまま「ナショナリズム」と代えて見る事もできると思いますが、これはもうアーロン・ジェロー氏の後追いなのでやめておきます。

    戦時中の大和とその乗組員をめぐる回想のお話しがナラティブの軸でありまたドラマツルギーの主要な部分であることははっきり見て取れますが、全体としてのナラティブの構造はその回想はある一人の男(仲代達矢)の実体験の記憶を通して回帰されたものでして、その回帰を促すのは父の過去に触れて向き合うために来た女性(鈴木京香)なわけですね。そして物語りの最終的な帰結はその男が救済をされるという形で終わるわけです。戦争へ行った世代がその子供の世代の、ここが注目すべきところですが、女性によって救済がなされるわけですよ。

    e0039500_20163675.jpgそして更に面白いところは、戦争へ行った男と戦争へ行った父を持つ娘、それに大いに触発されるのが戦争へ行った世代の孫の世代にあたる15歳の少年なわけです。一つの小さな船に乗って大和に会いに行く、この三者の構成が、3世代によって構成されているわけですね。例えば、最後に少年が船の舵を握りますよね。それはあたかも大海原に浮かぶ島、日本の舵をにぎったように見えたのは私だけでしょうかね。戦争に行った世代は次の世代の女性に救済され、それをまた次の世代の少年に受け継がれていく。ジェンダーで追えば、男→女→男なわけです。戦争に行った世代の男のイデオロギー(主に男らしさ)を2世代後の男へと継承される。そしてその媒介となるのが間の世代の女性。この辺が、この映画をジェンダーという視点で追ったときに非常に興味深いなぁと思わされた所以でした。

    言ってしまえば、この映画のお話は戦時中の回想シーン無しでも成り立つ、そういう構造になっているわけでして、海の上のこの三世代にわたる三者の物語なわけですよね。しかし、映画的なスペクタクルを回想シーンが請け負う、意外に秀逸な構造となっているわけでした。もちろん3世代を出すことによって、各世代の観客層の感情移入ポイントを作るという上でも非常に優等生的なやり方ではありますが、更にジェンダーで見たときに更に興味深いやり方をしているなぁ、なるほど、それなりの興業を上げるわけだとある種納得をした鑑賞となりました。

    さて、この映画を「戦争映画」として括って見るとまた全く違ったレビューとなってしまうわけですが、それは長くなるので割愛ということにしまして、最後にレーティングのことについてすこし。

    見たところ、この『男たちの大和』に映倫はレーティングを行っていないようですが、そうなんでしょうか?もしレーティングをかけていないのであれば、すこし考えさせられてしまいますね~。というか、日本のレーティングらしいといいますか。まず、映像的なバイオレンス度で言えば相当高い部類に入ると思いますし、その描写は見ていて『プライベートライアン』を想起させられたわけなんですけど、見てみると日本で『プライベート』はレーティングないようですね。あー、なるほど、と思うと同時に、『バトル・ロワイアル』がR15にレーティングされた記憶も蘇ってきまして、その映画の暴力的描写と『男たち』のそれとそんなに違うものかと言うことも考えさせられました。これ以上は日本の映倫とレーティング議論になってしまうので、気が付いた点としてここまで。
    Depper


    参照:
    「Fantasies of War and Nation in Recent Japanese Cinema」by Aaron Gerow
    『男たちの大和』公式HP
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    by corin_depper | 2006-09-07 20:33 | レビューと考察
    映画『太陽』オフィシャルブック発売
    e0039500_813414.jpg噂の映画『太陽』のオフィシャルブックが発売されたようです。多くの著者による共著形式でまとまめられているようで、目次のタイトルを見るだけで萎えてしまうのもありますが、中にはぜひ眼を通して見たいものもあります。著者の顔ぶれでも何人か興味を惹かれますね。少なくとも映画研究畑の人たちも居ますので、この映画をどう読んでどういった切り口でどのようなフレームで括るのか、非常に興味があります。少なくとも、映画自体以上にイメージが先行して取り付く作品なので、一筋縄ではいかないと思いますし、下手をするとあっという間に映画の話ではなくなってしまう危険性も多分にあります。さて、お手並み拝見といきますかね。
    Depper


    参照:
    「太陽」オフィシャルブック(Amazon.co.jp)
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    by corin_depper | 2006-07-31 08:14 | 雑記
    現代日本映画研究最前線に異常あり!?
    大変ながらくご無沙汰しております、Depperでございます。今年から何かと多忙な身となってしまい中々ブログまで手が回らない次第なのでありますが、そろそろ存在を忘れられてしまいそうなので、記事タイトルにあるように、日本映画の最先端研究の事情と紹介をしてみたいと思います。いきなりアカデミックな話ですいませんが・・・(汗)

    今年に入ってからTeaching Assistantという形で映画学修士課程の「ワールドシネマ」というコースに携わっているわけですが、これまたどうして新しい発見ばかりでうれしい悲鳴といいますか、逆に教わることのほうが多かったり・・・なのですが(苦笑)。 さて、いきなり本題ですが、

    「現在において既存の日本映画研究は現代日本映画を研究する上で非常に弊害の多いフレームワークである」

    ことがほぼ結論となりつつあるように思います。詳細を言い出すとキリがないので割愛しますが、これまでの学者たちが世界において日本映画研究の礎としてきた研究手法とフレームワークに限界が来ており、現代の日本映画を研究する上において援用しがたいのはもちろんのこと、さらなる日本映画研究の発展をも阻害しているのではないか、現代日本映画を研究する上でフレームワークの再構築・リフォームが必要なのではないか、ということです。

    日本映画研究は日本を知ることの研究と表裏一体で行われてきました。逆にそこに「日本」が見えないと日本映画は国外に出ることができませんでした。がしかし、近年製作される日本映画は多種多様化しており、国外に飛び出すことのできる映画にもそう言えるようになりました。では、その映画たちを研究しようと思う学者の卵たちが日本映画学の基礎を学ぼうと思うと、なかなか思うような文献に巡り合うことができないのです。それは、一体何故なのか?

    その答えは一つです。小津、黒澤、溝口以降(大島渚を含めてもいいかもしれません)体系的な研究手法をもってして日本映画の研究がきちんと積み上げられてきてないのです。そして、現代日本映画を研究することは、真っ暗闇にライトもないままに突き進むことになってしまい、これが悪循環となり、多くの研究者たちの研究意欲を奪うばかりか、敬遠すらさせてしまいかねない事態となっているわけです。

    つまり、日本映画研究は過去の遺産になりつつあるのです。
    学問分野として化石化し、埋没しかけているといっても過言ではない!と私個人は警笛を鳴らしたい思いでいっぱいです。そんな危機感を再認識しながら生徒たちと接していて、最近(私にとって)事件が起きました。それは、あるオンライン研究記事との出会い、でした。それは、最新の現代日本映画研究の最前線でした。そしてなにより、悔しさすらこみ上げるくらい、自身が考えていたことがそこに明白な研究結果として記述されていました。サイトと記事は以下↓の通りです。

    Japan Focus
    e0039500_1351711.jpg

    記事
    Fantasies of War and Nation in Recent Japanese Cinema By Aaron Gerow

    過去の日本映画学の礎を作り牽引してきたのが、ドナルド・リチー氏だとすれば、今の現代日本映画研究はこのアーロン・ジェロー氏の双肩にかかっているように思います。日本だけに関わらず、現代映画を研究するという作業は非常に流動的なものが多く研究として成立させにくいばかりか、噴火して流れ出た溶岩流で言えば、まだ真っ赤に燃えて流れ続けているその尖端の動きを常に注視している必要があるので、腰を据えて文献とにらめっこ、というわけにも行きません。であるがゆえに、ある種映画を学問とする時の学問的フレームワークに熟知している必要があります。そしてなにより、言うまでもなく、映画学の基礎・歴史的流れをきちんと把握している必要があるように思います。でなければ、あっというまに濁流に飲み込まれ、自分が一体何をなそうとしているのか、どんな意味があるのか、すぐにわからなくなってしまうという危険性と常に背中合わせということです。そして、多くの研究者たちはこの危険を回避することをヨシとすることもまた事実です。がしかし、ジェロー氏のようにこれからの日本映画研究の礎を築くべく果敢にかつ膨大な研究量をこなす姿には感服します。そして自分もそうありたいと改めて思わされ、背中を少し押される気分でもありました。

    思いがけず長くなってしまいましたが、こんなことを生徒と一緒に考えながら、自分の論文発表が間近に迫り・・・てんやわんや、というわけで、また少しご無沙汰するかもしれませんが、今後ともフィルムアカデミアをよろしく御願いします。

    と、よろしくお願いしたところで今回はこれにてお開き。
    Depper

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    by corin_depper | 2006-02-23 13:21 | 雑記
    日本のジャンル映画研究:アーロン・ジェロー氏の見解
    現在、いわゆる日本人(日本生まれ日本育ち)ではない映画学者・批評家で、日本映画を語る上で最も無視できない人物といえばこの第一線にてその発言権を更に増すアーロン・ジェロー(Aaron Gerow)氏なわけなんですが(ドナルド・リチー氏と主張される方もいるかと思います)、今回、日本映画学術会に対して核心に迫る発言をされ、個人的に100%賛同するので紹介したいと思います。少し堅苦しい話になるかもしれませんが、あしからず(滝汗)

    まず引用です。
    e0039500_8131672.jpg“One issue that concerns me is why Japanese and foreign film critics/researchers so often focus on the "critically acclaimed" pink films, or use auteurist arguments to justify focusing on pink cinema. If one wants to make a large cultural argument about the status of pink cinema in Japan, one would think it necessary not to look at the exceptional films, but rather the average ones without all the cachet. This is still a problem with studies of Japanese film genres like anime, horror or action: the tendency to still use rather old notions of film art and auteurism to look at genre films, thus ignoring the entire problem of popular genre. Then there's the problem that those who avoid that trap tend to fall into another one: studying genre film through a purely reductionist model that reduces every film to some socio-political or psycho-cultural pattern, thus utterly ignoring what's particularly cinematic about them (much written on recent Japanese horror film falls into this trap). How do we weave our way between these two traps? ”


    元々はピンク映画関連の話だったので少しそれがかぶりますが・・・簡単にざっと訳しますと、
    “私が懸念することの一つに、なぜ日本の映画批評家・研究者たちはいつも「批評的に(既に欧米の研究者によって発見され、研究され)賞賛された」ピンク映画のみ、もしくは正当化のために作家論を用いて焦点を当てるのか、というのがある。もし誰か日本のピンク映画の情勢について文化的議論をしたいのであれば、ピンク映画を特別な映画であると見なさず、むしろ雑念無しに一般的な映画としてみる必要があるだろう。これは、ホラー、アニメ、アクションといった日本映画のジャンル研究にも当てはまる問題である。つまり、既成の古ぼけた作家論や映画芸術論を未だに援用し続ける傾向にあり、ゆえに大衆ジャンル映画における諸問題を全て無視してしまう結果に陥っている。更に、これを避けようとした者たちが陥りやすい罠もまた存在する。ジャンル映画を純粋に還元主義(Reductionism)的見地・手法で研究をし、その全てを社会政治的・心理文化的議論形態へと押し込めてしまう。ゆえに、明らかに特別に映画的な研究が手落ちになってしまうのだ(実際、近年の日本ホラー映画に対して書かれた物の多くが陥っている問題である)。「我々(欧米)」の(映画学研究)手法がこの二つの障害をすり抜けるためにはどうしたら良いのだろうか。”(訳:Depper)

    「還元主義」について:
    ある領域における言明や概念を、より基本的とみなされる別の領域の言明や概念に翻訳するプログラムや手順、また過度の単純化。(出典:ランダムハウス英語辞典)

    (参考)膨大なデータからひとつの推察にたどりつくために、偏差を整理しながら近づいていく方法の有効性は還元主義に基づいている。還元主義は自然科学に於ける有効な方法論であったが、還元主義による手法では理解し難い対象も存在するという事が分かり出してから、現在は否定的な論調で扱われる事が多くなった。其の為、複雑系の考え方が発展した。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
    ということです。多少主観的意訳と行間の穴埋めもあるかと思いますが、あしからず。

    これを読んだときに思わず自室の中心で「その通り!!」と叫びたくなったのは言うまでもないのだけれども、、、日本映画学術会が映画研究においてどうしても(旧弊の)作家論や芸術論に依存してしまうという傾向は無いとは決して言わせないし、それがどれだけ映画の学問的発達を阻害してしまっているかを知らないとも言わせたくない。特に、ジェロー氏の最後の一文は、昨今私が感じている焦燥感を見事に言い当てている。つまり、西洋式の映画研究手法で研究を重ねてきた者(氏にとって「我々」となる)にとって、その障害を潜り抜けて培ってきた手法・知識を日本の地で実践するのは非常に難しいと思われるからだ。なぜなら、もう一つの障害を敢えて個人的に付け加えるとすれば、それは映画をどこがいかにどのように映画的なのかという至って映画学的にオーソドックスな見地で研究するという行為は得てして日本においては「くだらない」と見下され、「あり得ない」」と突き放されてしまうからだ。

    何年も日本に住み、日本の大学でも教鞭をとり、批評・研究を重ねて確固たる地位と名声を手に入れたジェロー氏が未だにそう感じているということは、ある種のペシミスティックな驚きとその結果としての虚無感を感じずにはいられなかったと同時に、もしかしたら欧米的映画研究(手法)と日本的なそれとは相容れないものなのではないだろうか、という疑念も沸く。そして、自分は非常に曖昧な場所に立っていることに気がつかされる・・・
    Depper

    参照:アーロン・ジェロー氏プロフィール
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    by corin_depper | 2005-12-06 08:49 | 雑記