• 映画を少しばかり外から眺めてみるそのカタチ
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    映画『太陽』オフィシャルブック発売
    e0039500_813414.jpg噂の映画『太陽』のオフィシャルブックが発売されたようです。多くの著者による共著形式でまとまめられているようで、目次のタイトルを見るだけで萎えてしまうのもありますが、中にはぜひ眼を通して見たいものもあります。著者の顔ぶれでも何人か興味を惹かれますね。少なくとも映画研究畑の人たちも居ますので、この映画をどう読んでどういった切り口でどのようなフレームで括るのか、非常に興味があります。少なくとも、映画自体以上にイメージが先行して取り付く作品なので、一筋縄ではいかないと思いますし、下手をするとあっという間に映画の話ではなくなってしまう危険性も多分にあります。さて、お手並み拝見といきますかね。
    Depper


    参照:
    「太陽」オフィシャルブック(Amazon.co.jp)
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    by corin_depper | 2006-07-31 08:14 | 雑記
    『トリック劇場版2』と「型」
    e0039500_0305839.jpg先週末にふらっと見てきて、一週間経った今頃ちゃっかりレビューなんぞ書いちゃおうかと思っている超天才会社員のCorinです。と、トリックっぽく書き始めてみました。エへヘヘへ!!

    えーとですね、幸か不幸かギリギリ『スチュワーデス物語』の手袋ネタがわかるくらいの年齢なものでして、あまりギャグが通じていないところもあるかと思われます。その分、なんとなく気になったのがエンディング、というか事件解決後のシーンでした。ということで、今日はその点について少しつらつら書くことにします。

    本題の前にちょっと前置き。ドラマでも特番でも映画でも、基本的に『トリック』のストーリーの流れには決まった「型」があります。簡単に説明すると、まず山田が仕事をクビになり家賃を払えなくなる。そして、上田がカネで山田を釣り、自分の解決できない超常現象(これは毎度変わる)の謎解きをさせる。謎解きの過程を通じて2人は男女としての関係を発展させつつ、トリックを見破る。といった感じです。

    ちなみに、この「型」があるため、毎回ストーリーの最後に山田と上田が(恋愛という観点で)親密な関係になっていても、次のストーリーの冒頭ではこの関係は全く振り出しに戻っています。この『トリック劇場版2』も例外ではありません。つまり、山田と上田の関係において、『トリック劇場版(1)』の最後のシーンと、『トリック劇場版2』の冒頭シーンが繋がってはいないのはこういうわけです。

    e0039500_0292249.jpg

    んで本題に入ります。2人が事件を解決すると、偽の霊能力者は逮捕されるか、あるいは死に至りますよね。そして、その信者たちは信仰の対象を失い、路頭に迷う。ここで投げかけられる問いとは、「トリックを見破ることは、正義か、それとも正義面した自己満足か」ということなんです。

    『トリック劇場版2』でも、2人が事件を解決したあと、筐神佐和子が自殺します。そして彼女の片腕だった佐伯周平(か誰か…)が「信奉者はこの先どうやって生きていけばいい?」というような台詞を2人に投げかけているんです。あのですね、これを聞いた瞬間、「えっ、“おっかぁ~さ~ま~~”(ドラマの第一シーズン第一話)のときからまだ答え出てないのかよっ??」と突っ込みたくなってしまったんですよねぇ、私(笑)。あの…、この「型」は毎回、というか『トリック』シリーズの最後の最後まで投げかけられる必要があったんですかね?どうも“投げかけ逃げ”されてるような気がしてスッキリしない…(苦笑)

    何にせよ、結論からいうと、『トリック劇場版2』は『トリック』の「型」を最後まで、異常なまでに(まさに執念?)忠実に守った作品だった、と言えるでしょう。ちなみに、まだ見ていない方、卵が割れて出てくるのは黄色いヒヨコですよ。
    Corin

    公式:http://www.trick2.jp/index.html
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    by corin_depper | 2006-07-22 00:58 | レビューと考察
    『秒速5センチメートル』新海誠監督作品
    e0039500_231728.jpg
    前作の『雲のむこう、約束の場所』を見て以来(レビューはこちら)、気になる監督となっていた新海誠監督の新作短編アニメ予告編が見れるようになっていました。3つの短編の集合という様態を取っているようです。視点や表現を変えて一つのテーマを、というコンセプトのように見受けられます。予告編を観ましたが、前作からも含めてこの監督が表現したいテーマのようなものが見えてきたような気がします。ぜひ観てみたいですね。詳細や予告編視聴は↓のリンクへ飛んでみて下さい。

    参照: http://5cm.yahoo.co.jp/
    Depper

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    by corin_depper | 2006-07-14 23:06 | Newsアーカイブ
    東京国際映画祭が「コンテンツ祭」へ・・・
    まず衝撃の記事の参照URLを先に。
    http://www.asahi.com/business/update/0711/137.htm(Asahi.com)

    ↑の参照記事へ飛んでもらうとわかりますが、タイトルにもあるように、「映画祭」が「コンテンツ祭」へと変容するようです。個人的には「映画祭」という形態が終わりを告げることに、いよいよか・・・という思いであり、「コンテンツ祭」という変容の仕方に、そう来たか・・・という感慨です。これが経済産業省という官主導によるコンテンツ事業界を巻き込んだ転換であるというところがキモですね。

    映画界からすれば一大事ですが、コンテンツ界からすれば願ったり叶ったりでしょう。なぜこういうことになるのかといえば、記事にもあるように、東京国際映画祭は国際的知名度が低い、いや知名度というよりは、映画祭的な価値が低く見られていました。その要因は、商業PRに特化されつつあったからです。映画祭に集まる映画は商業的PRという大きな側面に期待するところは大きいのですが、あくまで欧米のそれと鑑みたとき、あくまで側面なのです。まぁ、映画祭にてその映画の知名度を上げてより多くの国へと流通を広げるという意味では、その結果として付いてくる興業は大きな産物です。しかしその知名度や映画作品の持つ魅力などは、商業的価値判断のみで測られているわけではありません。そこに映画祭の映画祭たる所以があります。この意識が東京国際映画祭(TIFF)には欠けているように思っていました、それがゆえに映画祭自体の認知度も国際的に上がらなかったのではないかと考えています。

    映画祭で伝書鳩の役割を果たす各国の映画ジャーナリストの扱いをみていてもそうです。字幕のない映画の上映、彼らのための鑑賞シートの不足、多くのスクリーニングでは空席が目立つと言います。その空席はスポンサー側やいわゆる政治的有力者へとあてがわれているようですが、彼らは実際のスクリーニングには来ていないのです。それを目の当たりにするジャーナリスト達が各々の国へ何を持ち帰れというのでしょうか?不満と徒労感といったところでしょうかね。例えば、昨年のロンドン国際映画祭において、まだ研究者としてひよっこの私が研究のためにその映画をぜひ見たいといえば、映画祭スポンサーで、かつ配給会社である(産業側の)人が、自社の持つ特等席を譲ってまで招待してくれたりするわけです。改めて映画祭は「製作・配給・上映・そして鑑賞者」この四身一体のお祭りなのだということを再認識するわけですが、TIFFの審査委員の面々を毎年チェックしますと、産業からの選出ばかりでジャーナリストや批評家、学者、そういう「観る」スペシャリストはあまり見かけません。このアンバランスが映画祭の綻びとなると予期するのは難しいことではありませんでした。それ故に、とうとうそうなってしまったか、という思いです。

    一方で、ゲームやアニメ、漫画などのいわゆるコンテンツ産業は映画を凌ぐ規模であるというのもまた事実です。これらが国際的な催しの中で世界にその存在を発信できる機会と捉えれば願ったり叶ったりというところでしょう。事実、映画は既に古来の「製作・配給・上映」という確かな三段論法は崩れてきており、ゲーム界やアニメ・漫画界との刷り合わせを始めているというのもまた事実。つまり、そこに集めるコンテンツの展覧会、そしてその商業的PRの場というところに特化するということであれば、今回の変容は合点の行くものだと思います。裏を返せば、東京国際映画祭は映画祭としてではなく、国際的展覧と商業PRの特化を目的とされていたことがわかりますね。そして、それを政府が促進するわけで、もちろん商業的発展を目的に。文部科学省などではないところがそれを如術にあらわしていますね。

    とはいえ、今までTIFFの欠如している側面を補うかのように行われていた「東京Filmex」という欧米のそれに近い形態の映画祭の真価が問われるようになるでしょうし、映画関係者(産業側に属さない)たちの拠り所にもなるのではないでしょうか。ジャーナリスト達の間では、むしろこちらの方が映画祭として評価をされていましたしね、元々。個人的にも頑張ってもらいたいところです。

    さて、これから日本の映画界はこれからどうなっていくのでしょうね。このまま産業・製作主導で形成されていくのでしょうか。それが日本映画界の独自の顔となるのでしょうか。そして、実際の映画の評価は国外で、国内では消費だけが目的となってしまうのでしょうか。目先の消費と産業としての繁栄も不可欠ではありますが、それだけでは自転車操業的日本映画界の体質は変わらないでしょうね。日本映画百年の計を模索する人物はいないのでしょうかね。文科省の巻き返しに儚い期待をしたいところですが・・・
    Depper


    日本で頻繁に使われる「コンテンツ」という言葉と括りはどうしても好きになれません・・・。
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    by corin_depper | 2006-07-13 00:13 | Newsアーカイブ
    『グリズリーマン』(2005年)とドキュメンタリー
    e0039500_04096.jpg商業映画として成り立ってしまった『皇帝ペンギン』と相成らんで昨年2005年度のドキュメンタリー風映画の数少ない優秀な作品ですね。アカデミー賞ではノミネートさえされませんでしたが、各地の映画祭で数々の賞を受賞もしていますね。・・・とまぁ、前置きはさておいて、久々に簡単ですが思いつくままにレビューをしてみようかと思います。

    ドキュメンタリー風としましたが、そもそもこの作品がどこまで、果たして、ドキュメンタリーとしてカテゴライズ出来るかどうかというのがそもそもの焦点となってしまうでしょうね、この作品。もしかしたら、アカデミー賞のドキュメンタリー部門にノミネートされなかった理由はそこにあるのかもしれません。個人的にはドキュメンタリーは決して商業映画内の概念として確立されてきた「ジャンル」という枠組みには与さないものであると考えています。つまりどこまでがこの映画がドキュメンタリーと呼べるであろうかを追求することが映画を解体分析する第一歩のような気がしますね。とはいえ、それ自体相当手間隙かかる論題になってしまいますが。。。

    と、シリアスな議論はさておき、この映画が非常に突出している部分として、構成自体がドキュメンタリーということに関して疑問を投げかけているということです。つむぎ合わされたティモシーの映像群は果たして誰のための映像であったのでしょうか。グリズリーの生態を追ったものなのでしょうか、ティモシーがいかにクマを愛し、触れ合ってきたかをキャプチャーしたものなのでしょうか。ティモシーの映像と近親者のインタビューで構成される映画自体が何かの「真実」を提示しているのでしょうか。そこには、確かな「真実」があるのでしょうか。それ自体に疑問符をなげかける構造になっていたことに新鮮な印象を受けました。

    ティモシーが最終的に保護し、愛しているというグリズリーに襲われて死を迎えたという衝撃的事実が我々の念頭におかれます。そして映画自体もその事実から出発します。そのこと自体が非常に力強いドライブフォースになっているのも、多くの観客を引きつけたのだと合点します。

    映像に話を戻すと、ティモシーは一つの場面の撮影に数多くのテイクを撮っていることがわかります。そこには必ず彼自身が居て、彼がその時点その場所での思いのたけをわめき散らしたり、淡々と解説してみたり、と多くのテイクを撮っています。更には、実際には一人ではないのですが、他の人がカメラに入らないように念を押している場面の映像も組み込まれています。そこで、話はまた戻りますが、果たしてティモシーは何のためにそのような映像を撮り続けたのでしょうか。この辺りは、昨今のドキュメンタリーにおける諸問題を改めて突きつけているように見えました。

    e0039500_0505344.jpgすこし漠然とした話をしますと、タイトルにもなっているように、グリズリーマンと呼ばれるティモシーの「Slice of Life」、つまりグリズリーの生息地ですごした彼自身の生活の一片一片を日記のように繋ぎ合わせたように見受けられます。ゆえにタイトルは「グリズリー」ではなく「クマ男」なわけです。誰の物語かといえば、グリズリーやその生態、彼らの生活の断片ではなく、ティモシーの物語なわけです。そしてその彼の物語の最終解決、つまりフィナーレは彼自身の死であるわけです。この物語性と判然としない「リアリティ」、「アクチュアリティ」と言うべきかもしれませんが、その両者の存在が強いために、純粋な意味でドキュメンタリーとは中々呼べない作品だなと思うわけです。

    仮にその物語を読んだとき、一つの筋が見えますね。彼は人間という文明社会から来た部外者としてヒグマの生息地に降り立ち、そこで人間社会の権化たる彼の中に住み着いた心の膿をさらけ出し、13年の夏を経て、そこにあるグリズリー社会の自然へと回帰していく様でしょう。そして最終的に彼はグリズリーにとって「エサ」となり、弱肉強食の食物連鎖の一部としてその地の土と還ったのです。さて、これは悲劇でしょうか、それともそこに映るものは「劇」ではなく、「ひとつの事実」でしかないのでしょうか。それが問題です。

    商業映画の中でこの作品と捉えたとき、この作品はドキュメンタリーというジャンルとカテゴライズされるかもしれません。ドキュメンタリー風の映画として一つのジャンルと見ることは可能でしょうし、この作品を通して、映画というもの自体が持つ二文法、「リアリズムとフォーマリズム」という根本的で判然としない問題へ再度考えさせられるのでした。そういう意味では優秀な作品と私は位置づけたいと思います。
    Depper

    参照:
    http://www.grizzlymanmovie.com/grizzly.html(HP)
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    by corin_depper | 2006-07-06 00:58 | レビューと考察
    『東京国際ファンタスティック映画祭』中止に
    e0039500_23444051.jpg
    Depperの「アジアン・アメリカン国際映画祭開催」情報とは逆に、こちらは中止のニュースです。詳しくは↓。
    東京国際ファンタスティック映画祭が休止

     85年から毎年開かれてきた「東京国際ファンタスティック映画祭」の今年の開催中止が決まった。3日、同映画祭実行委員会が発表した。来年以降の再開は未定。東京国際映画祭の協賛企画として、秋の映画祭シーズンを長年盛り上げてきた催しだった。
     同映画祭はホラーやアクション、アジア映画やアニメーションなどの新作上映に力を入れ、熱心なファンを集めてきた。しかし、近年は開催を支援するスポンサー探しが難航していたという。
    朝日新聞 2006年07月04日09時57分
    残念ながら、昨年で21回目を迎えた東京国際ファンタスティック映画祭ですが、今年22回目を迎えることはなくなってしまいました。東京国際映画祭と比べて、東京国際ファンタスティック映画祭は堂々「裏」というか、いわゆる映画マニアに親しまれる存在であり、映画ファンにとっては非常に距離感の近い映画祭だったのではないでしょうか?歴代の上映リストを見ると、東京国際映画祭では上映されないような、一見地味だけど、それでも観客の目を惹き、楽しませ、その存在を無視することはできない作品(自分、表現力ショボ・・・)もズラズラ。だって、ヒッチコックの『めまい』、キューブリックの『2001年宇宙の旅』など名作の復元版、かのホラー映画『SAW』もあれば三池崇史の『オーディション』もあり、更には『親指スターウォーズ』も『親指タイタニック』も『親指ゴッドファーザー』も『親指フランケン』も、んでもって『親指シリーズ・メイキング』ってのもありますからね。

    それにしても、「スポンサーが見つからなかった」という理由が非常に寂しいですねぇ。と同時に、財源不足というのは、この東京国際ファンタスティック映画祭だけでなく、他の映画祭でも、そして博物館や美術館でも、近年のあらゆる文化活動に共通する問題だと言えます。一般の民間営利企業が援助すればいいのか、国や自治体が補助すべきなのか、それとも文化を消費する私たちが支えるべきなのか。例えば「民間企業の後援・協賛金」、「国・自治体の補助金」、そして「消費者のアドミッション」という3つの財源の可能性があったとして、それぞれのバランスはどうあるべきなのか。みなさんはどう思われますか?私は最近、消費者(観客)の負担が増えるのは、もはや仕方の無いことなのかなぁ、と考えて始めています。

    何にせよ、来年こそは東京国際ファンタスティック映画祭が22回目を迎えられるのでしょうか(また、どうやって財源不足を解決するのでしょうか)?? 注目しておきましょう。
    Corin

    公式:
    http://tokyofanta.com/(東京国際ファンタスティック映画祭)

    参照:
    東京国際ファンタスティック映画祭が休止 (朝日新聞)
    東京ファンタスティック映画祭中止(スポニチ)
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    by corin_depper | 2006-07-05 00:02 | Newsアーカイブ
    アジアン・アメリカン国際映画祭in NY
    e0039500_15551053.jpg来る今月7月13日~21日にニューヨークはマンハッタンにて第29回アジアン・アメリカン国際映画祭が催されるようです。映画やビデオのスクリーニングだけでなく、セミナーや討論会、はたまた壇上での映画脚本読解など様々なイベントが満載な様子。ちょっと研究費で行ってきます、みたいな身分に早くなりたいものです・・・。

    詳細は下記HPにて。主催はアジアン・シネヴィジョンという団体のようです。
    公式HP アジアン・アメリカン国際映画祭
    公式HP アジアン・シネヴィジョン
    Depper

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    by corin_depper | 2006-07-04 15:53 | Newsアーカイブ
    『オーメン』 ―― 6つの躊躇+6つの犠牲=???
    すんごいお久しぶりのコリンです。先日、ほぼ3ヶ月ぶりにようやく劇場に足を運ぶことができ、公開終了間近の『オーメン』を鑑賞してきたので、そのレビューをば。
    e0039500_18534137.jpg

    さてさて、『オーメン』ですが、こんなの→とか、e0039500_1974192.jpg
    e0039500_198657.jpgあんなの←まで出てきてびっくり。結構楽しませてもらいました、ええ。

    ただ、気になった点が一つ。ちょっとまじめに分析させてもらうと、物語上、観客が主人公ロバートに感情移入できない/もしくは非常にしにくい作りになっているんですね。そのため、この映画を観て、音や光の演出によって「ビクッ!!」とさせられた人は多いとは思いますが、内容から何か心理的恐怖を感じることはあまりないのではないかと思うんです。だからといって、『オーメン』がホラー映画ではないというわけではなく、ある観点から見ると間違いなく『オーメン』はホラー映画なわけですが…。(詳しくは映画学メモさんの更新に期待しましょう。こちらを読むだけでもとってもわかりやすいので、是非ご覧下さいね。)

    と、ちょっと横道にそれましたが、ではなぜ、観客は主人公ロバートに感情移入できない/もしくは非常にしにくいのか。それが、このレビューのタイトルである「6つの躊躇」「6つの犠牲」だと私は考えます。『オーメン』という映画で主人公ロバートに与えられた命題は「ダミアンを始末すること」です。しかし、ロバートは息子として育てたダミアンに愛情を感じ、彼を「悪魔」であると信じることができず、それゆえに彼を殺すという決断ができない。躊躇しているうちに身近な者が犠牲となって死ぬ。そしてロバートはダミアンが「悪魔」であると疑い・・・・・・でも彼は息子として育てたダミアンに愛情を感じ・・・・・・とこの筋書き(下線部)が以下6回ループします。簡単にリストアップすると、


    その①:ブレナン神父
    その②:妻のキャサリンのお腹にいる胎児
    その③:ダミアンとすりかえられて殺された自分の息子(亡骸を墓で発見)
    その④:妻キャサリン
    その⑤:ジャーナリストのキース・ジェニングス
    その⑥:ロバート本人

    まあ、作者もしくは映画製作者が「6」という数字にこだわって、故意にこの筋書きを6回繰り返したのだとすれば、ある意味感心しますが(笑)、観ている側はこの流れに違和感を覚えるはずです。「いい加減気付けよ!!」「まだ悩むのかよ!?」と。だって観客はダミアンを「悪魔」だと知っていて、主人公と「悪魔」退治をしたいんです。なのに、主人公は退治するどころか最後のもう一息のところで再度躊躇して、結局自分が殺されてしまうんですから、観客としては「???」なわけですよね。結果、遅かれ早かれ、「こりゃ、つきあってらんないよ…」と、主人公ロバートと観客の間には“心理的な距離”が生まれてしまうのだと考えられるわけです。

    ということで、『オーメン』は作品上、「物語の展開が乏しい作品」ということになってしまうのでしょうかねぇ。以上、2ヶ月ぶりにCorinがお送りしました(汗)
    Corin

    公式:
    http://www.theomenmovie.com/ (worldwide)
    http://movies.foxjapan.com/omen/ (日本語)

    参照:
    http://www.imdb.com/title/tt0466909/ (IMDb)
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    by corin_depper | 2006-07-01 19:12 | レビューと考察