• 映画を少しばかり外から眺めてみるそのカタチ
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    <   2006年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧
    NHKアニメ『プラネテス』
    e0039500_0552067.jpgさてさて、NHKアニメ続きます。今回は「モーニング」(講談社)で連載された幸村誠原作のNHKアニメ『プラネテス』。物語の設定が西暦2075年、場所は宇宙、仕事は宇宙ゴミ(デブリ)回収。この設定は面白いな、と思いながら見始めました。率直な感想としましては、

    前半キツ過ぎ!というか、
    五月蝿すぎ!


    ということで、もうね、鉄拳パンチしたい感じでして・・・。だもので、最初の何話かを消化した時点で正直萎えました(苦笑)主人公のお二人のやりとりが五月蝿くて・・・現実だったら間違いなく敬遠するであろうやり取りが延々なもので、前半は休みながら頑張って見たという感じでした。それでも後半はおとなしく?なったので快調に見進めましたが。

    設定は現代の社会情勢をエキストリームな形で提示するための装置でありました。非常に開発学的な視点が多く見受けられましたね。それはさておき、資本主義社会の膿みたいな部分でしょうか、それが時代を進めることでしたたかに極限?飽和?状態と設定できるので、テーマを浮き出たせるには納得の設定でした。

    その中で、主人公の二人?男女が大人になっていく?現実を直視消化できるようになっていく?という過程が加わるので、アニメの中で描かれえる人類のグローバリズムの過程と重なって物語は人個人と人類社会の二重構造となっていて、最終的にレシピとしては悪くないなと、少なくとも焦点がわかりやすい。

    まぁ紆余曲折を経まして、最終的にこのアニメが行き着く最終解決的提示は、人の繋がり、その最小単位としての家族の確認、ともはやどんな理屈を付けようと止まることのない資本主義にもとづく人類のグローバル化というところを落としどころとするわけですが、なーんかこれはどこかの国をまさに象徴しているような感じだなと思わざるを得ませんでした。しかし、ある意味落としどころとしては妥当なのかなとも思いましたが。落とさない、混沌のまま終わる、という手もあったはずですが、どうでしょう。

    前半は個人的に鑑賞がきつくて、このまま設定負けな展開になったらどうしましょ、と思いましたが、最終的にはまとまった作りになっていました。消化不良はありませんが、もう少し未知の味を食したかったなぁと、今回は最後まで物語の設定にえもいえぬ期待感だけが残った鑑賞でした。
    Depper

    参考:
    NHKアニメワールド『プラネテス』
    『プラネテス』オフィシャルサイト
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    by corin_depper | 2006-04-28 01:26 | レビューと考察
    NHKアニメ『ツバサクロニクル』
    e0039500_817961.jpg昨夜捨て鉢気味にNHKアニメ
    『ツバサクロニクル』

    のDVDを見ました。結局30話分全て勢いでいっきに見てしまったわけですが、なかなかどうしてよく出来ているなぁと感心させられまして、画的には苦手な部類なのですが思いがけず楽しんで見れました。

    よく「どんな研究をしているか?」との問いに二言で答えられるようにと言われますが、このアニメの構造を二言、いや、一言で言うならば、

    水戸黄門とドラエモンの合わせ技一本!

    というところでしょうか。もちろん、NHK教育テレビ的説法はコテコテ健在なので少し五月蝿く感じますが、それもこの物語構造に支えられて多くのテーマを限られたエピソードの中で無理なくスムーズに表現できていたように思います。実際話の中で水戸黄門が引き合いに出される場面があるのですが、制作側の人たちも水戸黄門を意識していたのかなと思い、偶然の産物じゃなくて企画として練られた構造なのだなと思わされました。ポケモン様式のエピソードから入る辺りもターゲット視聴者が鮮明に出ていてよいなぁと思いましたね。制作側の意図と努力がひしひしと伝わってきて作品としてよく仕上がってました。親子一緒の鑑賞にも耐えられる出来ではないでしょうかね。これから少しNHKアニメにアンテナを張っておこうと思った昨晩の出来事でした。
    Depper

    参考:
    http://www3.nhk.or.jp/anime/tsubasa/
    (第二シリーズも始まってるようですね)
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    by corin_depper | 2006-04-23 08:36 | レビューと考察
    黒澤明塾
    制作科、俳優科からなる映画塾が9月に開講するようです。

    そこに批評・研究科に準ずるような科が設けられなかったことは個人的には残念な気がします。昨今は大学院にも設置されている制作寄りの機関ですが、制作したものがどんなに良質であれ陽の目に当たり続け、後世語り継がれるには、作品を見る側も育てなければという発想には中々ならないようですね。黒澤監督作品は長年国内外の批評家や研究者たちによってそのステータスを維持してきたという事実を見過ごしてはならないと思います。特に日本国外の名だたる黒澤映画信奉者達は果たしてどこまで黒澤監督の制作現場を知っているのでしょうか、むしろ出来上がった作品に陶酔するからこそだと思います。そして、そういった人たちに支えられてきた「世界の」黒澤だったのだと思います。それは故監督自身がなにより痛切に感じていることだと思いますが・・・。海外の評価を得ずとも、またその評価に異存せずとも、後世に語り継がれるような映画作品がたくさん残るようなそんな日本映画界であってほしいわけですが。





    ・・・おっと。





    いかんいかん・・・(汗)






    愚痴っぽくなりました・・・(苦笑) 
    とはいえ、黒澤監督が何をし、どのように映画を作り、どういう障害にどう対処し、どのようにして伝説的な映画監督になったのか、その一部始終を伝承していくということは非常に価値のあることだと思います。むしろそこに特化した映画塾であって欲しいものです。黒澤監督の作品制作のノウハウがそこにあるということであれば、記事にあるように海外からも募集があるかもしれませんね。なにより、実のところ、黒澤監督、もしくは黒澤作品になにより助けられ支えられてきたのは私自身であると言ってもいいように思います。「日本から?黒澤映画知ってるわよ」と、アメリカ・イギリスと監督の作品がこの異国において何度架け橋になって頂いたか分かりません。という意味で、もはや国内外において文化遺産に近い黒澤作品の継承が有意義な形でされればいいな、と思ったわけでした。どうせなら、スピルバーグ監督辺りも特別講師に招いて欲しいなと思いますね。
    Depper

    参照:
    Excite エキサイト : 黒澤明塾出航…日本発、世界行きの映画人輩出へ
    Excite エキサイト : 仲代達矢学長で“黒澤イズム”継承
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    by corin_depper | 2006-04-14 18:04 | Newsアーカイブ
    邦画に字幕
    久しぶりにニュースからなんですが、邦画に日本語字幕上映が急増中とのことです。これは日本に居ないので実体験できてないんですがね、早い台詞回しに対応しきれない高齢者向けとの事。そのことにとりわけ異論反論があるわけではないんですが、多少の疑問は感じます。なぜって、

    字幕は映画自体が持つ情報そのものを変えてしまうから

    ということです。当然字幕有る無しでその映画を見るときの体感から視覚的情報様態にまで影響があると思われます。シンプルに言えば、映画を通して字幕が明滅し続けるということは例えきちんとその字幕を追わないにしても多かれ少なかれ、意識が字幕へ向けられるようになるということと、字幕が入ることによって、そこに映る映像情報も操作を受けるということです。

    バタフライエフェクトとは言いすぎかもしれませんが、字幕一つで映画が変質しますし、見たときの私たち観客の映画体験は大きく変わると思います。

    故にひっかかるのは、字幕で上映をする必要があるのかな、ということです。日本では記事にあるように97年の『もののけ姫』が最初だったと言いますが、少なくとも英米において台詞が英語なものに英語の字幕が付いている映画を劇場で目にしたことはありません。そして、ここイギリスでは混雑をさけて夜を避け日中に見に行くと、老夫婦たちの姿を多く見かけます。もちろん映画によって差は有りますけどね。やっぱり『スターウォーズ』にはちびっ子・若者の姿が多いですし、時代劇は年齢層が高いというかたちで。

    つまり、DVDなど家庭観賞用に字幕を設けるのは大賛成。付ける付けないの選択は私たちにあって、何度も鑑賞できるわけなので。しかし、劇場となると少し話は違うのではないかなと。

    記事は最後にこう〆ています。
    すでに、テレビのバラエティー番組などでは、若い芸人の話し言葉が速すぎて聞きづらいことから文字がテロップのように流れている。高齢者をいかに取り込むか、がエンターテインメントでも求められているようだ。
    テレビでのノウハウをそのまま安易に映画に取り込むのだとしたら、そしてエンターテイメント性を上げることのみを目的とするのならば、もう一度考えてみる必要があるのではないかな、という思いがします。バラエティー番組のテロップは高齢者向けのものなのでしょうか、高齢者はテレビでもテロップを見て齢を重ねてきたわけではないのではないでしょうかね。

    そして最後に台詞を100%聞き取る必要が劇場鑑賞で果たしてあるのでしょうか。聞き取れない、そのこと自体に確かな経験と意味もあるのではないでしょうか。映像で文脈を探るという手段もあります。自宅のテレビで体験できることを、劇場にわざわざ足を運んでする必要があるのでしょうか。テレビ・映画の媒体の違いも少し考えるべきかとも思いますが、どうでしょう。
    Depper

    参照:邦画に字幕つきが増える-高齢化社会で配慮(SANSPO.COM)
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    by corin_depper | 2006-04-12 14:34 | Newsアーカイブ
    『ナルニア国物語』DVDレビュー
    e0039500_2001360.jpg先日イギリスではDVDが出て、思いのほか新作としては安かったので購入してみました『ナルニア国物語』。日本では封切5週目にしていまだ好評上映中なようです。興行収入も50億を越えたらしく、少なくともヒットと呼べるようになったのではないでしょうか。ただし、100億円は越えない予想らしいので、大ヒットとはいかない模様ですね。成績的には『指輪物語』くらいということでしょうか。一見毎週興行成績トップとのことですが、以前の記事にも書きましたが、これはディズニーの苦肉の策と言いましょうか、ライバル映画の少ない時期を狙って封切りを遅らせたことが功を奏していると言えるのではないでしょうか。

    と、まあ、映画の外のお話はこれくらいにしまして、せっかくやっと鑑賞をしたので、中身についての話をしたいと思います。とはいえ、まだ見終わった直後なので、見ていて気が付いたことなどを徒然と。

    まず、良くも悪くもディズニー映画となっている点について。死などのネガティブな描写や暴力的な表現に非常に縛られてしまっているのが目に付きます。映画の中で明確に死を描写する画は全く出てきませんし、出てきてたとしても覆りますね。その辺はすごく宗教的な臭いもして、少しばかり食傷気味にもなりましたが。ビジュアル的なスペクタクルや快楽となるべき戦闘シーンも執拗に暴力的な表現を避けるので、ややストレスを感じざるを得ませんでした。レーティングを上げたくないディズニーポリシーの苦しいところだとは理解しますがね。『ライオンキング』の方がよっぽど暴力的でしたし、多少の雑音は覚悟してもう少し踏み込んむ余地もあるように思えます。この辺は観客がどう感じるのだろうかと少し興味があります。
    e0039500_19192055.jpg

    そして次に、技術的な表現について。CGイメージを非常に多用しなければならない映画であるわけですが、余りクオリティが高い出来とは映りませんでした。比べる対象としては、『ハリーポッター』シリーズや『指輪物語』シリーズなどですが、実写部分とCGイメージの部分との融合が非常に荒く見えて気になってしょうがなかったのは私だけでしょうか。その一因として、カメラワークが挙げられると思います。実写ではなかなか困難な動きをさせてしまえるのがCGの特性の一つだと思いますが、これが余り生かされていないというか、引いた壮大なエスタブリッシュショットや自然発生させるには難しい造形の躍動感があまり見られないために、消化不良気味に感じられました。この辺はディズニーはまだまだCG映像スペクタクル表現の面で洗練されていないなぁと感じたわけですが、まぁこれも視覚的エンターテイメントを求めればの話ですが。
    e0039500_19342485.jpg

    最後にディズニー的な要素がうまく構成されていた点について。まずは主人公たちが複数なことと兄弟であることでしょうかん。正確には末娘が主人公として適格であるわけですが。兄弟であるがために、非常に幅のあるジェネレーションに対してアピールできる点です。両親から引き離される恐怖とそこに生まれるファンタシーを前提に、擬似ではなく兄弟家族という構成は維持され、下は幼児、上は思春期を終える年代までカバーすることで、家族のつながりは強調されるとともに、それぞれのジェネレーションが感情移入をしやすい主人公が存在するわけです。ただし、親がわりとなるような存在が見当たらないので、保護者となるべき世代が子供たちと一緒に見るには少し物足りないかもしれません。そこは子供の世代幅がカバーするのかもしれませんが。この4兄弟というのは非常に大きな機能を果たしているなぁと思いました。もう一つは、現実世界とファンタシーの世界とを隔てる装置がはっきりとしているために、その行き来は新鮮に映りましたし、いきなりファンタシーの世界から始まるわけではないので、世界観を掴みやすく、またファンタシー性がより色濃く出るものだなと思いました。
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    見終わって、率直な感想は、末娘の表情の豊かさに驚かされたのとファンタシー映画としてのダイナミズムが物足りないなぁということでした。原作を知らないのでなんとも言えない部分もありますが、プロットとしての因果関係や登場人物の動機や心象描写が薄いので、元々ある話の筋を凝縮できずに表現しきれない部分があったのではと推測したくなりますね。と、久しぶりに主観的なレビューをしたところで、今回はオシマイ。
    Depper

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    by corin_depper | 2006-04-09 20:03 | レビューと考察
    Un Certain Regard:『義経』とうつぼ
    勢いで始めた大河ドラマ『義経』のレビューと考察「Un Certain Regard」シリーズですが、今回第3回目で一応終結ということにしたいと思います。ということで、今回は女性の登場人物、とくに上戸彩扮する「うつぼ」役に焦点を当てて分析してみたいと思います。
    e0039500_9155676.jpg

    彼女の役柄はまず何より、主人公義経という人物を一番長きにわたって見守る女性ということです。母常盤よりも、相思相愛の静よりもです。彼女は幼馴染みという肩書きによって義経が北の大地で散るその数刻前まで義経のそばにいるわけです。ゆえに、存在感は回を増すごとに増すわけですが。

    少し読み方のアングルを変えると、うつぼは義経の周りに女性役が居ないときに穴埋めとなっているという点です。たとえば、母から離れたとき、義経の周りにはうつぼが居ます。そして平泉へ行ったときもまず来ます。そして静と義経が今生の別れをした後にもまた義経のそばに来ます。ここに、戦略的なうつぼという役柄の機能が明確に表れていると考えます。それは女性視聴者への配慮、言い換えれば、そもそも男くさい義経とゆかいな仲間たちの話がメインプロットなので、メジャーな女性登場人物が登場しない場合はうつぼを登場させることによって、女性視聴者が感情移入の場を失わないようにし、50週弱と長いドラマを集中切らすことなく見れるようにすることで最終的に視聴率の沈みを減らそうという戦略でしょう。(どこまでそれが功を奏したかはまた別問題として)
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    そしてもう一つ大事なうつぼの機能とは、その身分と現代人のアイデンティティを反映しているところにあると思います。ドラマが行われる当時は現代とは違って、身分、なるものが存在します。そこにまたドラマがあるわけですが。うつぼの場合、いわゆる親なしの(血統もわからない)身の上で、社会的なバックグラウンドも持ち合わせておらず、ドラマの中では非常にアイデンティティが浮いた役柄なわけです。つまりそれは、我々がその時代にひょいっと舞い降りた状況とすごく類似するわけです。いわゆる歴史の流れ(つまりドラマの流れ)の中ではnobodyである(誰でもない)わけです。例えば、(私も含めて)歴史にうとい視聴者にとっては格好の「目もしくはガイド」となってくれる役と言えましょう。ここにも戦略の臭いがしますね。
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    そして更に、彼女のそういう存在は他の女性人物をも引き立てる役割を果たします。うつぼがいなければ、石原ひとみ演じる静の役柄とその役割はがらっと変わっていたはずです。うつぼがいるために、白拍子である静は、うつぼよりはよっぽどましな社会的地位にあることがはっきりします。しかし、正室の萌の登場によって静もまた義経とは釣り合わない身分であることがわかり、義経との恋は叶わぬ儚い恋、という構図になるわけです。そして兄によって女郎屋に売られたうつぼとその彼女の想いを幾度と無くあからさまに拒絶をする義経によって、静は逆にそういう意味で非常に汚れを知らない神聖化された存在に映ります。そしてこれまた汚れを知らずか知ってか、いいように歴史によって流されてしまう純情一途な義経とカップリングされることで、あたかも和製「ロミオとジュリエット」であるかのようにみせる効果を生んだ気がします。
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    最後に、全体を通してみて、うつぼはジェンダー的にも役柄的にも一番悲劇のヒロインだったのではないでしょうか。そしてある種一番Othersだったのではないでしょうか。この構図は義経が辿る悲劇のヒーローとどこへ行ってもOthersであることとシンクロしませんか。親にも捨てられ、兄にも裏切られ、ようやく嫁に行ったと思えば、夫に死に別れ、ますます義経と役柄の構造が一緒ではないですか。しかしながら、同時に対照的でもあります。限りなく現代用語に近い口調で、「そんなのおかしいよ」と平気で義経にダメを出す、「女一人で生きていかなきゃいけないんだ」とか、一昔前の田嶋陽子フェミニズムに毒されてしまった女性たちのような台詞をのたまう。義経が強い絆で結ばれた仲間たちに囲まれてどこまでも夢を追いかけて散っていくその姿と、孤独なまま厳しい現実を次々と突きつけられてあきらめていくその姿は非常に対照的であると思いました。ここにある種、義経というキャラクターがもつアンチテーゼのような機能を果たすうつぼもいるように思いますが、どうでしょう。このうつぼという登場人物が今回のドラマのオリジナリティを非常に高めていると言えます。

    大河ドラマ『義経』はうつぼの物語であったと言えるのではないでしょうか・・・
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    あまりうまく纏められませんでしたが、大河ドラマ『義経』に関する「Un Certain Regard」は今回で終結ということにしたいと思います。ということで、それでは、みなさま、またどこかでお会いしましょう。
    あぁ、日本の桜が見たい・・・遠きかな、祖国よ・・・
    Depper

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    by corin_depper | 2006-04-05 10:18 | レビューと考察
    映画検定。。。
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    映画ストラットさんからのTBですが、キネマ旬報が狂気の沙汰に出た模様ですね。その名も「映画検定」、サイトにも飛んでさらっとみましたが、もうね、これ、後生だから「映画マニアック検定」とかに改名して下さい。どう見ても、ググれば3秒みたいな質問を延々と並べてそれをわざわざ暗記している人たちへ級を送り、下手をすると映画関連会社は採用条件に映画検定1級必須とかいう条件をつけるようになったり・・・、あぁなにやらくら~い気持ちになってしまうのは私だけでしょうかね??受けてないのでなんとも言えませんが、すこしでも意義のある検定になっていることを願うばかりです。
    Depper

    参照:映画検定HP
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    by corin_depper | 2006-04-02 16:21 | Newsアーカイブ
    Conversation: NHK大河ドラマ『義経』歴史からドラマから
    この度le monde lunatiqueのLunatiqueさんよりNHK大河ドラマ『義経』の記事に対して非常に有りがたい有益なコメントを頂きました。おっかなびっくり雑記としてドラマ内の議論に籠もっていた殻をざっくりと割って裸で出てきたところにピタリと合う歴史的知識という鎧を着せていただいた感じです。ということで、その鎧を着ながら、Lunatiqueさんのコメントにコメントを返すような対話形式で今回の記事エントリーとしたいと思います。
    e0039500_1062388.jpg

    Lunatique
    まずは「嫡流」ということについてですが、現在の歴史学から考えると、「頼朝が源氏の嫡流であった」というのは、いささか疑問です。今回、大河ドラマ放送に合わせて、日本でもいくつかの義経本が出ましたが、それらの新しい成果は、義経の母・常盤の研究が進んだということですね。その結果、頼朝の母と義経の母に格の違いはさほどなく、むしろ常盤は非常に格が高く、義朝存命であれば義経が嫡流となる可能性もあったということです。ですから、頼朝が嫡流のプライドで生きているように描いているのは、過去の歴史学に縛られた、ドラマの設定ミスです。むしろ、実際の頼朝は、嫡流を主張できないがゆえに、一族の動きに敏感だったともいえるのではないでしょうか。そうしないと、たとえば義仲の意識なんかもうまく説明できないですね。

    Depper
    中等教育の教科書レベルの歴史的知識程度しか持ち合わせない私としては、「頼朝が源氏の嫡流ではない可能性」という議論は排除されていました。ドラマ内では妻に娶った北条政子が暗示のように「あなたは嫡流、義経は傍流」と頼朝にアイデンティティの鎧を着せていたのを思い出しました。以後頼朝が嫡流というプライドにすがるようになったのもそこに着目することでドラマ内の因果関係として説明がつくように思います。そして沸々と湧き出る兄弟愛への執着は同時に「嫡流」という血のプライドとアイデンティティを脅かすもので、他の同じ血筋を受け継ぐものたちへの距離の置き方などもある程度説得力のある心象構造となるのではないでしょうか。
    e0039500_1064454.jpg

    Lunatique
    ちなみに平家の方も、清盛の長男・重盛ではなく三男・宗盛(異母弟)がいちおう「嫡流」と考えられますが、さかのぼれば清盛(忠盛の長男)自身は必ずしも嫡流とはいえず、清盛の兄弟のなかでは頼盛が嫡流的存在と考えられます。頼盛の母・池の禅尼が頼朝の助命を願い、清盛がそれをこばめなかったというのは、清盛の心情だけではなく、平家一族のなかの嫡妻・嫡流問題が絡んでいるのですね。ですから清盛は、自分の力で「嫡流」にのし上がった人物といえ、理論的には、義経にもそれは可能だったと思います。この辺の経緯は、結果的に、ドラマではうまく描けていたと思います。

    Depper
    清盛もまた頼朝とおなじく嫡流というアイデンティティとそのコンプレックスを抱いていた、という見方をすると「清盛、頼朝、義経」という関係は三角関係になって非常に面白いですね。ドラマ内で義経は最終的に清盛の夢の担ぐことで自らのアイデンティティの崩壊を防ぐわけですが、頼朝もまたしている行為は清盛と同じ根を持ち、清盛以上に執着することでアイデンティティを保持するという構図は面白いです。義経はある種清盛、頼朝の両者にとってはそれぞれかわいい息子もしくは弟であると同時に、弁慶の泣き所もしくは自身を転覆させかねない爆弾であったというわけです。平家の物語が非常に色濃く出ていた今回の『義経』への回答にもなるかもしれませんね。
    e0039500_10706.jpg

    Lunatique
    ところで、上記の常盤研究のなかで、鎌倉時代に義経が傍流とされた理由もいろいろと考察されていますが、端的にいえば、それは頼朝側の情報操作であり、そのなかで、常盤はしだいに「いやしい女性」におとしめられていった(そして義経はいやしい女性の子)、ということですね。平家のお家事情、補足しておきますと、清盛の母、いわゆる祇園女御という女性は、どういう人物かはっきりしない人です。白河院(後白河院の曾祖父)の側室とかいろいろ言われていますが定説はありません。ただ白河院に非常に近いところにいた人物だというのはたしかですね。
    これとからんで注目されるのは、清盛の実父が忠盛なのか白河院なのかはっきりしないということです。これについてもいろいろな説があります。ただ、これは清盛が生きていたころから二説ありまして、つまり、清盛は白河院の落としだねではないかと噂されていたということです。

    Depper
    この大河ドラマのドラマツルギーの軸はなんといっても、「階級、身分、アイデンティティ」なわけで、それはLunatiqueさんの歴史的解説を聞いてさらに確信に近づいたわけですが、嫡流・傍流という血筋・家柄などの社会的な枠の次に注目すべきはやはりより私的な血のつながりと関係(親・兄弟など)で、そこで本来養われ確立されるべきアイデンティティが清盛・頼朝・義経と三者とも何かが大きく欠如しているわけで、その三者のアイデンティティの揺らぎがそのままドラマとなっていますよね。その上で、(歴史的な見地からの)彼らの親子関係と(ドラマの中で描かれる)彼ら三者間にある擬似的な親子関係とを重ねるとこれまた面白いですね。ナラティブ構造の輪郭がよりはっきり見えてくる気がします。

    そして最後になんと行っても興味深いのは「女性登場人物」の存在と機能といいますか、フォーカスのされ方だと思います。話は少し戻りますが、常盤の研究が進んだのにもその辺に理由があるように思います。もちろん、女性の視聴者を獲得するためには女性の登場人物もドラマに絡んでその顔がよく見えるようにする商業的な必要性はあると思われますが、清盛・頼朝・義経と三者とも女性たちによって彼らの人生を大きく左右されることになるわけです。これは、後に別記事を立てる予定ですが、中でも一番注目したいのが上戸彩演じる「うつぼ」という女性の登場人物です。これは察するに(語り手と同じく)ドラマに挿入された架空の人物であると思われますが(モデルになるような逸話や人物はいたのかな?)、彼女のドラマ内での役割と機能はこのドラマを語る上では決して無視しては通れないでしょう。
    e0039500_1093571.jpg

    と、次回の前振りをしたところで今回はこれまで。
    最後にLunatiqueさん、ありがとうございました。こういう対話ができるというのはブログ冥利というものですね~。
    Depper

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    by corin_depper | 2006-04-01 09:59 | 雑記