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    <   2005年 09月 ( 17 )   > この月の画像一覧
    北野武教授ようやく教壇デビュー
    e0039500_22471724.jpg大学の公式HPなどでもこれまでほとんど報告等がされてなかったのでどうなっているのかなと思っていたら、まだ講義自体行われていなかったとのこと。個人的には国内外の批評に支えられてきた映画監督が教壇に立つということには大賛成なのだけど、そしてその大任を引き受けた北野武監督の心意気は大いに買うのだけれど、コース自体が結局完全に製作寄りということと、後期の11月からの教鞭で果たしてどれだけのことができるのかな、と心配にもなる。もし、仮に自分が芸大の大学院生で北野武監督の講義を楽しみにしていたとしたら、なにやら不満の残る講義スケジュールだなと思ってしまうだろう。もちろん、北野武監督自身は新作『Takeshis’』の製作や映画祭出席等で多忙を極めていたのだと思うけれど・・・。

    その短期間(しかも隔週)で1年分の価値のある教授がなされることを願うのみ。そして、平成18年度の募集も始まっているようだけれど、応募する学生はそのへんの事情を頭に入れてから申し込みをしたほうが良いかもしれない。

    とはいえ、それでも北野武監督の講義は間違いなく稀有なものになるだろうし、それを受講できるであろう32名の学生を羨ましく思う。

    「まず、今上映されてるおいらの新作を見に行くぞ!」みたいなところから始まったり、始まらなかったり・・・(笑)
    Depper


    参照:
    北野芸大教授やっと初講義へ…隔週ペース予定(Excite エキサイト : 芸能ニュース)
    たけし、11月教授デビュー 東京芸大大学院映像研究科(スポーツ報知)
    東京芸術大学大学院映像研究科(公式HP)
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    by Corin_Depper | 2005-09-28 22:35 | Newsアーカイブ
    ついにスピンオフのスピンオフ
    もはや驚きはないが、ついに(映画史上どうなのだろうか?)『踊る-』がスピンオフのスピンオフを出すことになってしまったようだ。
    「踊る大捜査線」シリーズから、またも新しいスピンオフ(派生)作品が誕生することが19日、分かった。ユースケ・サンタマリア主演映画「交渉人 真下正義」の脇役「木島丈一郎警視」が主人公のスペシャルドラマが12月上旬にフジテレビで放送される。木島警視は、映画と同じ寺島進(41)が演じる。このキャラクターは「交渉人-」で初登場。スピンオフからスピンオフした“孫番組”ということになる。
    Excite エキサイト : 芸能ニュース
    映画よりも、数字を取るのが近年とんと厳しくなってきているTVドラマ界へのリリースということで、興行や動員数よりも、視聴率という数字に挑戦をする形になるのだろう。というよりも、むしろ、映画のビックスクリーンではなく、満を持してTVのスモールスクリーンへ『踊る-』シリーズが帰って来たということかな。

    注目すべきは、いわゆる本店の話になるのだろうけど、ストーリーをTVドラマの枠としてどのように構成してくるかであろう。うまく、所轄との絡みを入れて『踊る-』王道の↑と↓という二項対立に持っていくのか、それともたたき上げで階段登ってくるまでの軌跡なのか。少なくともコンプレックスを抱えつつ東大閥寄りな室井よりも、全くたたき上げ丸出しな木島のアイデンティティも見所だ。たたき上げということをキーにするなら、和久さんや『THE MOVIE』で誘拐された副警視総監(?)などとの関係やエピソードなんかも語られそうだ。『交渉人-』のような薄い構造になってしまうとしたら、これからの『踊る-』シリーズに影響がでるのは必至だろう。そういう意味では、これからのスピンオフのスピンオフを占う製作となりそうだ。
    Depper

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    by Corin_Depper | 2005-09-22 11:04 | 雑記
    『シンデレラマン』についてのレビューと考察
    e0039500_21145217.jpg勢いで劇場へ見に行ってから中々すぐにレビューを書く時間的ゆとりがなくなってしまって、時間が空いてしまいましたが、まだまだネット上にも個人的なレビューが活発に出回ってきているでしょうから、まだ時期を逸していないといいのですが・・・。総評として、いわゆるオスカー狙いのハリウッド映画が陥りやすい「欲張りすぎた映画」になってしまったのかな、というところでしょうか。つまり、より多くの観客を引き付けようとする余りに個々では魅力的な要素なのですが、集合としてかみ合いきれずに飽和状態になってしまっている感がありますね。『パールハーバー』などよりは全く軽症ですが。裏を返すと、「優等生的な映画」でもあるように思います。特に目新しい冒険をする(=リスクを冒す)わけでもなく、かといって明らかに批判の的になるようなところもなく。予定調和と言ってしまうとそれまでですが、全体的にはうまくまとまっていると言うのが適当な印象でした。

    ひとまず、前回のエントリー記事で挙げた疑問点から解決しようかと思います。

    ① について、『シービスケット』との比較はアメリカの映画批評誌「Variety」の冒頭部分で扱われていました。もしかすると、それをそのまま・・・。ともあれ、Variety誌の記事では、なぜ比較せざるを得ないかが明記されていました。つまり、映画の物語上で描かれる主人公ブラドックの人生の浮き沈みとその軌跡が、『シービスケット』と酷似するとのこと。物語の抑揚と構成ですね。

    ② について、レネー・ゼルウィガーの役どころと彼女の持ち合わせる個性がやや不一致であることは否めませんでしたね。むしろ貧しさやそれによる惨めさを体現できずにいるように見えました。メークや衣装が全く小奇麗なままだったので。あとはあのふっくらした健康そうな顔立ちはどうしても相反してしまっているように思います。役どころは女性の観客を一心に捉えなければならない役です。逆に女性客層を多く取り込もうとしすぎたせいで、ミスキャストに始まり、プロットの焦点もぼけます。例えば、ボクシングのプロットに集中したい人などは女性代表かつ妻であるメイ役ゼルウィガーを描くシーンはジャマに思えてしまうでしょう。演技云々は個人的にはほとんど違和感を覚えませんでしたが・・・。

    ③ ネオリアリズムについて、例え指している物がイタリアのネオリアリズム映画であったとしても、とりわけ当てこする意義はないように思います。これには、正にその通りなコメントを頂いたので引用します。

    「貧しさの中の屈託のないユーモア」というのはデ・シーカの作品あたりを指しているのかな?と思ったのですが、それでもそれらの作品においては戦後の絶望的な状況の中で、そして救いのないエンディングの中でそれらのユーモアが力のある表現になってくるわけで、ボクサーが昔の栄光を取り戻す、というある種予定調和的な作品に、また「貧しさをみじめに強調するばかり」の演技を良しとせずに求めるのはちょっと違うのではないかな、と思ったのでした。またネオレアリスモは「貧しさ」や「屈託のないユーモア」といった「中身」の問題だけでなく、「スタジオではない現地での撮影」や「素人を役者として使う」いった「様式」のムーブメントでもあったわけですから、そういう意味でも引用文の中のネオリアリスモの扱いには疑問を持ったのでした。


    さて、次に少々全体の構造について考えたいと思います。
    冒頭で「欲張りすぎた映画」と銘打ちましたが、理由の一つはすでにゼルウィガーとその役柄についてのところで述べました。この映画の基本的なナラティブの構造は主人公をジム・ブラドックとした時には3本柱です。この3本が実際にはうまくバランスを図られて構築されていたように思いますが、実際にどこに集中してよいかわからず混乱を招くという原因にはなったのだと思われます。

    ① 父親としての(アイデンティティ確立の)物語
    ② 夫としての(アイデンティティ確立の)物語
    ③ ボクサーとしての(アイデンティティ確立の)物語
    e0039500_21144928.jpg

    実際の伝記も読んでないですし、実在したジム・ブラドックについてはわかりかねますが、映画の中の彼はこの3者に対して何時いかなる時も背を向けず、最終的に全てのアイデンティティを確立し通した、という物語です。

    ① に関して、これは家族を飢えさせないという状況を再構築できた時点で物語としての推進力は薄れていきます。そして①を満たすことで最終的に③と向き合うことができるようになるわけです。

    e0039500_21183715.jpg② に関して、映画の中ではボクサーとして闘えなくなり、生活が窮することで夫婦として今までの装飾がはがれ、向き合う形になります。折らなければならないことだらけな中で、どんなに貧しくとも夫としてのアイデンティティの最終ラインは絶対に割らせないという妻を演じるのがゼルウィガーです。そして妻が③を確立する上での最後のキーという役割を持っています。

    ③ に関して、夫としての対面するのは妻ですが、ボクサーとしてはセコンドであるジョー役のジアマッティ。ある種、男の友情物語です。描かれ方としてはやや奇薄ながら、ジョーはスクリーン上ではリングに一番ちかい観客をして我々にスクリーンの向こうの空気と臨場感を伝える役目を負っています。ボクサーとしてということは多分に男としてのアイデンティティとも言えますが、ジョー無しではセカンドチャンスをもらえなかったわけです。最終的な確立はチャンピオンと真正面から対峙し、倒すことで自分がまた栄光のチャンピオンベルトを奪回してなされるわけです。そしてこの予定調和的なプロットは①と②を抱き込むことによって骨太なプロットにするというコンセプトだったはずです。

    よく言えば、この3本柱は比較的バランスよく描かれ、互いがプロットとしてよく絡み合っているという感じもします。本来は③がメインプロットなのでしょうが、①や②のサブプロットに厚みを持たせることで、より多くの老若男女を客層として取り込もうとしたばかりに、結果として3本柱になってしまっているとも受け取れます。3本丸々3本として楽しめるのならいいですが、3本になってしまっていることで、逆に観客がどこに焦点を当てて観ればいいのか迷わせてしまう結果となってしまったのかなとも思います。

    補足として、主人公ジムが最後に挑むチャンピオン役マックスをただの勧善懲悪的ヒール役に貶めてしまうのではなく、彼にキャラクター(顔)を持たせることで、ジムとマックスとのある種友情にも似たライバル関係に発展させようという試みが前面に出ていましたが、いかんせん、既に2時間を越える長さになっており、描ききれていなかったという印象も与えてしまう完成度でした。ボクサー2人を並列に描くことで、ボクサーの商品化され消費されるいずれ戦えなくなった時がお払い箱という宿命的な悲哀とそれに対するお互いのシンパシーが入り混じるところまではよく出ていたと思います。ただ、このサブプロット的な描写も線になるほど濃くなかったので、もしかすると、観客の視点を惑わすだけという形で作用してしまった可能性は否めないと思います。

    最後に歴史的バックグラウンドと主人公の人生とのシンクロですが、これを完全に消費できるのはその時代を生きたアメリカ人だけかもしれません。ジムは、アイリッシュ系移民ですが、最終的に貧しい生活を強いられている移民者たち全体の希望であり代表として描かれます。日本語ではよく「貧困に打ち勝って」だとかいう表現が前面に出されていますが、プロット上そこが最重要要素ではないと思います。逆から読めば、経済的弱者を背負うことでより多くの観客層を獲得しに行く姿勢が表れていますし、国自体の経済的恐慌とシンクロさせることで、「成せば成る。チャンスをつかめるのがアメリカだ。」というアメリカンドリームの発露的なモチーフを映画に付与するものだと思います。

    e0039500_21192451.jpg蛇足:ジェンダー的に見ると、どん底に耐え続け、そこから這い上がったその姿に「シンデレラ」という冠が付けられるわけですが、いわゆる男として、父として、夫として成功した「理想の新男」として見た場合に、「シンデレラ」という女性的な冠を拝して初めて成せるのかなと。冒頭に登場するラッセル・クロウの姿はなで肩で顔も丸く、いかついマックスとは非常に対照的です。まぁ、シンデレラストーリー=ハッピーエンドなので、タイトルから予定調和が始まると言ってしまうとそれまでなのですが、その予定調和をうまく壊して再構築仕切れなかったところが、興行にも響いているのかなとも思います。得てして、オスカー狙う映画ってのは必ずしも興行が爆発的に伸びる必要もないですからね。


    Depper


    参照:
    Varietyレビュー
    Eiga.comレビュー

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    by Corin_Depper | 2005-09-21 21:20 | レビューと考察
    『シンデレラマン』について
    e0039500_2305954.jpgこの間の一件からなぜか気になって仕方が無いこの映画『シンデレラマン』、今日も何気なくeiga.comの映画評を読んでしまった・・・。


    ・・・???


    とりあえず引用します↓
    「遥かなる大地へ」「アポロ13」「ビューティフル・マインド」……アメリカ史の断片を切り取ってきたロン・ハワード監督による伝記映画で、1930年代大恐慌の真っ只中、極貧に身をやつしながらも、ボクシング・ヘビー級王座に挑戦したジェームズ・J・ブラドッグがボクサーとしての栄光を取り戻すまでを描く感動の実話。①競馬界の奇跡の名馬「シービスケット」の活躍と同時代な点が興味深い

    ボクシング映画にはハズレがないが、この拳闘シーンは撮影・編集とも出色で、「レイジング・ブル」級のド迫力がある。カメラのフラッシュの光、血しぶき、汗が交錯するリングでの熱い“火花”は、「グラディエーター」同様に、奥歯を噛みしめたくなる。

    不屈のボクサー役のラッセル・クロウ、マネージャー兼トレイナー役のポール・ジアマッティのオスカー級の名演に酔う!

    大恐慌時代の極貧生活は、ミルクを水で薄めて幼い子どもたちに飲ませるほど悲惨で、父は“ミルク”を求めて闘うのだ。こうした苛酷な現実がクライマックスの感動への伏線となるが、ただひとつ、②妻(レニー・ゼルウィガー)の態度が貧しさをみじめに強調するばかりで、感動を薄めているのが残念だ。男たちのヤセ我慢ぶりが心を揺さぶるだけに……。③伊ネオレアリスモの名画に通底する貧しさの中にある屈託のないユーモアがもっとあったなら、映画史上の大傑作になっていただろう
    (佐藤睦雄)

    ①歴史的背景としてどの国でも「激動の時代」は持って来いのプロットの常套的基盤。その時代を扱った映画は山ほどあるが、『シービスケット』を挙げた理由はどこ?

    ②レニー・セルウィガーの演技が名演でなく酔えず感動を薄めるという根拠が・・・男たちのヤセ我慢ぶりが心を揺さぶるだけっていうのが・・・すごくジェンダーとして偏った「男性的視点」臭漂うよ。。。プロットの感動を薄めてしまう演技をした彼女の役柄の機能はそれだけ?それがメインの役柄なのでしょうか。それが理由で称賛できない演技になっているのでしょうか。

    ③(無知なので)とりあえず、その名画に通低する貧しさの中にある屈託のないユーモアがあるという前提で、個人的意見として、それがあったらなかったらこの作品の評価が変わったかどうか言う必要性があるの?それがないから傑作ではないということが言いたいのでしょうか。

    映画評を読めば読むほど映画のイメージが沸くというよりはむしろ混乱してしまうのは私だけでしょうか?公式を見ると興行的にオスカーを狙える大作として宣伝されているので、(勝手に自己の旧弊なステレオタイプで)予期・期待したものとズレがあったことに対するアレルギー反応が出てるものと思わるのだけど、せめて何故?何処が?ズレたのかを少しでもわかるような表現があればよりわかりやすいのだけれど・・・。




    e0039500_2365297.jpg




    "Very Dark Side of Strong Force Here"




    ・・・ということで、劇場へ今から行って見て来ます。

    ほとんど劇場へ行かずDVDリリースを待つ私を引きずり出すのだから、ある意味今回見てきた『シンデレラマン』の映画評の力はすごいのかもしれない・・・
    Depper

    参照:
    公式:http://www.movies.co.jp/cinderellaman/
    映画評:http://www.eiga.com/review/cinderellaman.shtml(eiga.com)
    データ:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=321979(allcinema online)
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    by Corin_Depper | 2005-09-16 22:58 | 雑記
    『Takehis’』 in ロンドン映画祭2005
    ベネチア国際映画祭を騒がせ、カナダのバンクーバー国際映画祭へ正式出品が決まり、そしてそのたすきをつなぐかのように来る10月19日から開催されるロンドン映画祭へも正式に出品され上映プログラムが発表された。(詳細は記事下の参照リンクへ)
    e0039500_2235248.gif

    e0039500_23047100.jpg長い欧米各国の行脚を終えてそのたすきは最終的に母国日本へ帰る。10月20日都内某所でジャパンプレミア試写が行われることになったらしい。(これも詳細は記事下の参照リンクへ)そして、最終的に11月には一般公開となる『Takeshis’』。ある程度予想はしてるが、日本での反応も楽しみだ。
    Depper

    公式:
    第49回ロンドン映画祭

    参照:
    『TAKESHIS’』上映プログラム情報 in London
    『TAKESHIS’』ジャパンプレミア試写会情報 in Japan


    雑記:
    トニーレインズが『Takeshis’』の上映プログラムのところに解説を載せていますが、「Doppelgängers(ドッペルゲンガー)」という言葉を使っていたので、少し調べてみたところ、やはりドイツ語だけあって、ドイツ語のレビューで使われていました。英語で言うと「Alter Ego」とかになるんでしょうけど、トニーはあえてドイツ語を選んでいますね。もしかすると、これから「北野武とビートたけし」の二者共生関係を表す単語としてよく使われることになるかもしれませんね。初期は北野映画を指して「Idiosyncrasy(特異性)」が代名詞代わりでしたが、今やわざわざそういう必要もないというところまできていますので、やはり新しい代名詞に取って代わられるのかもしれません。
    Depper

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    by Corin_Depper | 2005-09-16 02:34 | Newsアーカイブ
    映画評論家による映画レビューへ問いかける
    現代シネマ倶楽部 シンデレラマン [ゲンダイネット]

    の記事に書名付きで書かれています。どのような読者を想定しているのかわからないのでなんとも言えませんが、映画評論家という肩書きを持ってして書く必要のある文章なのでしょうか。この記事枠は彼が見た映画について個人的感想を吐露するものなのでしょうか。とりわけ批判的な態度に出たいわけではないですが、どうしても引っかかってしまったので。押さえるポイントなどは悪くないんですけどね。とりあえず、引用↓です。
    だって、しょせん“ファミリーマン”じゃん。ボクの中ではよ、往年の「傷だらけの栄光」にしても「レイジング・ブル」にしても、強くてワルじゃなきゃボクシング映画魂に響かない。それか、今年の「ミリオンダラー・ベイビー」みたいに家庭と縁薄き悲痛なドラマとかね。こんな家庭人のボクサーなんて、はっきり言って映画として魅力が乏しい。“家庭至上主義”の米国の風潮に迎合するような内容だ。ボクシングシーンはさすがに迫力があるが……血が騒がない。
    家庭至上主義の米国の風潮であることがわかっているのならば、なぜボクシングとそれが合わないのかを解説して欲しいところです。例えば、そういうアメリカ的イデオロギーが激動の大恐慌時代を歴史的バックグラウンドとする物語に挿入された時、そのカタルシスがボクシングという映像・表現で体現されたとき、どこに違和感があったのでしょうか。往年のボクシング映画の有名どころを挙げるくらいなら映画好きの人なら朝飯前でしょう。日本で言えば時代劇にあたるような古い歴史的なテキストに現代のイデオロギーを体現させるという手法はいわゆる現代映画では常套であり、大きな風潮で、多くのブロックバスター映画を生み出していますが、そうならなかったこの映画にはどこにズレがあったのでしょうか。

    「映画としての魅力が乏しい」とありますが・・・、消化できないので言わせてもらうと、「あなたの映画評論家としての雄弁さが乏しい」ように感じてしまうのは私だけでしょうかね。紙面上文字数も制限されてるのでしょう、そこで言えることは限られているはずです。ならば、そこで否定的な私的コメントを並び立てることよりも、伝えるべきがあると思うのですがね。ポーリンケール的志向の私だからそう思うのでしょうか。すごく食傷気味です・・・
    Depper


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    by Corin_Depper | 2005-09-14 00:11 | 雑記
    『銀河ヒッチハイクガイド』のレビュー
    勧められるがままに、新作DVDの棚にあったので借りて鑑賞。普通に消費してしまいましたこの映画。というよりは、むしろ消化不良気味なのかもしれません。なにしろ、拾い切れませんから、引用が。『ラブ・アクチュアリー』や『オースティンパワーズ』なんかよりもずっとカルト的な引用ななされていそうなところはたくさんアンテナにかかるのですが、ほとんど消化できなかったのかもしれません。よって、今回はレビューというよりもかなり私的感想・印象論でいかせてもらいます。。。(汗)

    e0039500_1232618.jpge0039500_1205131.jpgまずは・・・、ロゴ。。。DVDの表紙もほぼ同じ画が載っていましたがが、このロゴを見た時にもう「NOW56」にしか見えません。その時点でもうアートシネマではないなと・・・心構え。しかし、途中挿入されるアニメーションはビートルズ映画『イエローサブマリン』を想起させる印象でした。

    そしてなにより、中身はすっごくイギリス。言い回しから、間から、リアクションから、風刺の仕方から、とにかくイギリスですね。ここが一番楽しめたところかもしれません。ビジュアルはいいでしょうけど、やはりこの手の映画は原語での情報が抜けると面白さ半減してしまうのではないかと思われます。すっごくアメリカな『チームアメリカ』にも同じことが言えそうですが。
    e0039500_1335214.gif
    そして、次に意識するのがやはり『スターウォーズ』。イギリスでは公開がエピソード3とかぶっていることからも、対抗意識かはたまたその人気にあやかって相乗効果を狙ってかわかりませんが、ある意味対極的な宇宙がそこにはありました。日本の公式サイトでは、なぜか「H2G2.jp」になっており、どう略すとそうなるのかわかりませんが、明らかに『スターウォーズ』のR2D2を意識しているものと解釈してしまいます。配給元もその路線を考えているに違いありませんね。↑のシンボル的ロボットは足があるのにR2D2以上に歩みが遅く、しかしいつも楽観的なR2D2とは対照的にこのロボットはいつも悲観的で相当です(笑) あ~もうこんなところまでイギリスですね。
    e0039500_1391284.jpg
    個人的に楽しめたのは、主人公の相棒を務めるMos Defの演技でしょうかね。主人公とは対照的にどこかやはりイギリス的ではないです。まあ、製作がUS/UKの合作なのでそこらへんの対比もみどころなのかな。

    あとは、気になるところはやはり、モチーフ。意味があるのかないのか。まだ深く考えようともしてませんが・・・。42・・・。タオル・・・。まぁ、何はともあれ、最終的なナラティブの構造であるこの映画の世界観くらいバーチャルであったら、いっそもっと平和な世の中に作り変えてくれと言いたくなった鑑賞後でした。何が起きても、たとえテロが起きても“Don't Panic!”ということでしょうかね。

    Depper

    e0039500_1515247.jpg
    追記:
    H2G2はヒッチとハイク頭文字でH2で、ガイドとギャラクシーの頭文字でG2でした・・・。オリジナルタイトルは『The Hitchhiker's Guide to the Galaxy』です。

    公式:
    http://www.movies.co.jp/h2g2/(日本語)
    http://hitchhikersmovie.com/(英語)
    参照:
    Eiga.com「銀河ヒッチハイクガイド」レビュー
    http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=322085(Allcinema Online)
    http://www.imdb.com/title/tt0371724/(IMDB)
    http://www.ukinfo.jp/culture/hitchhiker.php(UK Info)


    追記:
    Googleに「answer to life the universe and everything」で検索を掛けてみると42という結果が出てくるそうです。
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    by Corin_Depper | 2005-09-13 02:00 | レビューと考察
    バンクーバー(カナダ)映画祭で『Takeshis’』上映
    e0039500_814489.jpgベネチア国際映画祭閉幕し、その熱も冷めやらぬ中、カナダのバンクーバー国際映画祭にてベネチアでは無冠に終わった北野武監督作品『TAKESHIS’』の上映が決定されたようです。その報を聞きつけ、早速映画祭ホームページへ足を運んでみると、面白い情報がつかめました。(前作に続き芸者を売りますねぇ⇒)


    注目のプログラムは「Dragons & Tigers: The Cinemas of East Asia」。とりあえず、訳すと、「龍と虎:東アジア映画」です。。。作品編成担当者にイギリス映画批評誌「Sight and Sound」の批評家でアジア映画評の大御所(彼無くして北野武作品のヨーロッパでの名声は無かったかもしれない)トニーレインズを迎え、長編40作品、短編15作品を上映するようです。もちろん、『TAKESHIS’』の上映もこのプログラムの一貫です。
    e0039500_8233733.jpg
    『TAKESHIS’』の上映スケジュールとチケット情報は以下の通り。
    Date Time Venue Tickets
    Sun, Oct 2 9:45 pm Visa Screening Room @ Vogue $9.50
    Sun, Oct 9 4:00 pm Visa Screening Room @ Vogue $7.50
    ちなみに北米ヨーロッパでの配給はセルロイドドリームスのようですね。
    Depper

    公式:
    『TAKESHIS’』(Office Kitano)
    公式:
    バンクーバー国際映画祭
    連絡先:
    Vancouver International Film Centre
    1181 Seymour St
    Vancouver, BC
    V6B 3M7
    電話: 604.685.0260
    FAX: 604.688.8221
    email: viff@viff.org

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    by Corin_Depper | 2005-09-12 08:29 | Newsアーカイブ
    ベネチア映画祭受賞結果で少し考える
    e0039500_9314667.jpg夏に各大手スタジオ製作の大作が軒並み公開し終わり、それに呼応するかのように始まるヨーロッパの映画祭、ベネチア映画祭はある種一つの区切りの映画際でもある。既にカナダ映画際が始まっているように、これから北米へとその流れを移しつつ、最終的にハリウッドのオスカーへと到達するのだ。

    まるでその流れを汲むかのようにベネチア映画祭金獅子賞を受賞したのはカナダ映画、『ブロークバック・マウンテン』。ホモセクシャルな内容だそうだ。映画研究の大きな流れでもあり、近年はポストフェミニズムから視点をマスキュリニティに移行しつつある映画ジェンダー研究の流れをも汲んでいるかのような受賞だ。この結果が今後の映画祭受賞作品にどのような影響をもたらすのかもまた注視したいところ。

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    『Brokeback Mountain (2005)』(IMDB)

    北野武監督が「あわよくば、主演男優賞が欲しい」と言っていた『TAKESHIS’』は、相性の良いベネチアだったが、ある種予想通りの無冠。ジョージ・クルーニー監督の『グッドナイト&グッドラック』へと流れた。評判は良かったが、コメントなどを聞いていてもこれまでのジャーナリズムとその正義を扱った映画(『大統領の陰謀』などを筆頭とした)をどのように踏み越えているかが伝わってこなかったことからも、最優秀賞は遠かったのかもしれない。

    『TAKESHIS’』はどちらかというと、それでもこれからの興行に鼻息を荒くしているにちがいない。「やろうと思えば商業映画作れるんだよ」ということを証明して見せた『座頭市』から「商業映画だけが映画じゃないんだよ」という対極な映画になっているであろう『TAKESHIS’』。個人的には10月終わりのロンドン映画際で鑑賞できることを願うばかり。
    Depper

    参照:
    [9月11日] カナダ映画に金獅子賞=ベネチア映画祭授賞式 [共同通信]
    [9月11日] 金獅子賞はアン・リー監督作品に、ベネチア映画祭閉幕 [ロイター]
    [9月11日] ベネチア映画祭でたけし落選 [日刊スポーツ]
    追加参照:
    (2005年9月11日22時26分 読売新聞)北野監督、受賞ならず…ベネチア映画祭
    【ベネチア10日=サンケイスポーツ特電】北野武監督無念、金獅子賞はアン・リー監督に…
    (2005年09月13日 asahi.com)日本映画への敬意、形に ベネチア映画祭報告(上)
    受賞者画像付き受賞結果:
    私のイタリア映画紀行:ヴェネチア映画祭結果発表

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    by Corin_Depper | 2005-09-11 09:32 | Newsアーカイブ
    栄誉金獅子賞ニュースで宮崎アニメを少し考える
    まずは一にも二にもおめでたいニュース。雑音はともあれ、長年世界に日本アニメここにありを世界に示し続けてきた宮崎監督にはおめでとう半分のお疲れ様を贈りたい。
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    ただおめでたいだけでなくて、今回のニュース記事で改めて再認識を求められることもあった。それは以下の引用なのだけれど、どちらもアニメーション映画界が抱える問題を浮き彫りにしている。
    第62回ベネチア国際映画祭で9日、宮崎駿監督に栄誉金獅子賞が贈られた。宮崎監督は、自身の作品が日本で極めて人気が高いのに比べ海外では十分な評価を得られていないとの見方について、気に掛けていないとの認識を示した。 
    [ベネチア 9日 ロイター]
    宮崎監督は「アニメという、映画の銀河の端っこに光を当ててもらって感謝しています。コンピューターの出現でアニメは曲がり角に来ていると言われるが、私たちの道は揺るがない。これからも、白い紙に向かっていきたい」とあいさつ、授与された金の獅子の像を高く掲げ拍手に応えた。
    【ベネチア9日共同】
    宮崎駿アニメはアニメーション映画という枠で見たときに、激動の時代を駆け抜けてきたという感がある。1980年代後半、つまり宮崎アニメ(ジブリアニメと言うべきかな)はアニメーション映画というものを立て直した。アニメーションが映画として立派に興行的にも芸術的にも成り立つのだという証明を日本はもとより、世界に発信をはじめる。『となりのトトロ』は国外でビデオフォーマットでの興行が伸び、その可能性を示した。と同時に、その力強さは、日本国内では絶大で、時を同じくして復活を遂げたディズニーアニメーション映画を数字上いとも簡単にしりぞけてしまう。

    そして、1990年代半ば以降、アニメーション映画界はその概念の根底から変貌を始める。CGの登場だ。ディズニーはフルCGアニメーションの可能性を見出すと、あっという間に(それまで決して友好的関係でなかった)ピクサーを半ば吸収し、今や世界中で数字的にアニメーション映画の主流になりつつある。一方宮崎アニメはCGとの葛藤に入る。セルアニメーションにこだわりを見せる一方で最終的にある程度の共存もしかたなしとの決断に至る。共存による効果かどうかは全く判断材料がないが、少なくとも日本国内では『もののけ姫』映画興行自体の概念を変えてしまい、日本のブロックバスター時代の到来告げると伴に、くすぶっていた世界への配給がようやく本格的に始まりだす。つまり、世界的に見れば根強い信奉者こそ少なくなかったものの、世界的興行ではまだまだ新参者なのだ。であるはずが、『千と千尋の神隠し』のベネチア金獅子賞受賞によって見方が逆転してしまった感もある。

    e0039500_2149580.jpgミレニアムに突入して、ベネチアで金獅子賞受賞により、宮崎映画は日本国内外である種「頂点」を極める。がしかし、アニメーション映画自体の流れはドリームワークス『シュレック』シリーズやその他ビックスタジオの参入もあり、フルCGアニメーション化の一途を辿る。それを宮崎監督自身が痛感しているからこそ、今回の受賞で
    「現役引退した年寄りのためのようなもの」
    [ベネチア 9日 ロイター]
    と皮肉ったに違いない。これでセルアニメは肩たたきなのかと・・・。

    楽観的に見れば、次々とアニメーション作家を輩出しつづけ、世界的にも注目を集め続ける日本アニメはこれからも「アニメ」として独自な発展の一途を辿るかもしれない。だが、悲観的に見れば、「アニメ」という枠に押し込められ、アニメーション映画という枠では異端児扱いを受ける可能性もある。それはとにもかくにも「CGアニメーション」と「セルアニメーション」との関係に置き換えられるだろうし、今回のニュースはまぎれもなくおめでたい報であるとともに、ある種複雑な感慨をもたらしたものでもあった。
    Depper

    参照:
    ベネチア栄誉金獅子賞の宮崎監督、「周囲に目を」 [ロイター]
    宮崎監督に栄誉金獅子賞 ベネチア映画祭 [共同通信]

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    by Corin_Depper | 2005-09-10 21:53 | Newsアーカイブ