• 映画を少しばかり外から眺めてみるそのカタチ
    カテゴリ
    LINKS
    IMDB
    Internet Movie Database
    JMDB
    Allcinema Online
    日本映画データベース
    UNIJAPAN
    日本映画情報データベース
    HOGA Central
    邦画最新情報(英語)
    The National Museum of Modern Art, Tokyo
    東京国立近代美術館
    フィルムセンター
    Japan Film Comission Promotion Council
    全国フィルムコミッション連絡協議会
    Federation of Japanese Film Industry, Inc.
    映画産業団体連合会
    Motion Picture Producers Association of Japan, Inc
    日本映画製作者連盟
    Japan Video Software Association
    日本映像ソフト協会
    British Film Institute
    英国映画協会(BFI)
    JASIAS
    日本映像学会
    JSCS
    日本映画学会
    Senses of Cinema
    オンライン映画批評ジャーナル
    Scope
    オンライン映画学ジャーナル
    CineMagaziNet!
    オンライン映画学術批評誌
    Japan Focus
    オンライン日本研究ジャーナル
    Kinema Club
    キネマ倶楽部
    Eiga.Com
    エイガ.ドッド.コム(情報)
    Cinema Topic Online
    シネマトピックオンライン(情報)
    Midnight Eye
    ミッドナイトアイ(アジア映画情報)
    Masters of Cinema
    マスターズオブシネマ(映画情報)
    EIRIN
    映倫管理委員会(公式)
    MPAA
    Motion Picture Association of America (米国映画協会)
    bbfc
    British Board of Film Classification
    (英国映画分類委員会)
    CERO
    コンピューターエンターテイメントレーティング機構
    Box Office Mojo
    興行成績データベース(英)
    ---------------------------------
    読んで「なるほど」と思ったら↓のリンクをクリックして応援お願いします。
    ブログランキングネット

    人気ブログランキング

    映画ブログ村

    人気UPランキング映画・芸能

    ブローグ(ランキング)
    ----------------------------------

    映画学メモ
    *映画学的相互支援サイト
    ためになる映画学入門、
    現在第17回目シネレッスン
    映画とジャンル
    をメモ中!

    ---------------------------------
    <他BLoG LiNK>

    le monde lunatique
    おとぼけ映画批評
    KagoCinema Life
    Slow Train
    Twitch
    知られざるアニメーション
    映画史探訪
    boid
    Hollywood Party
    映画生活(情報)
    赤パン帳 (ΘェΘ)
    ---------------------------------


    最新のトラックバック
    テラびしょびしょw
    from お・な・に・ぃ
    『SAYURI』'05・米
    from 虎党 団塊ジュニア の 日常..
    『SAYURI』'05・米
    from 虎党 団塊ジュニア の 日常..
    名和秋 更衣室を盗撮
    from プロボーラー 名和秋 更衣室..
    負けても勝ち組w
    from ドンパッチ
    ≪40歳の童貞男≫
    from ミーガと映画と… -Have..
    フォロー中のブログ
    以前の記事
    タグ
    検索
    その他のジャンル
    ファン
    記事ランキング
    ブログジャンル
    画像一覧
    <   2005年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧
    『サイドウェイ(Sideways)』について少し考える
    e0039500_20364764.jpg今日は映画の心理プロファイルのKiyotayokiさんのところから(これぞ本当の?)トラックバックで、映画『サイドウェイ』について少し考察をしてみようかと。

    最初に、まず感想。久しぶりに共感というか感情移入をして観れた映画でした。そして何故か一抹のノスタルジーを感じずにはいられないほろ苦いようでまったりとした後味。そんなところでしょうか。

    ということで、感想終わり。

    この映画の醍醐味というか大味な構造はなんといっても、中年の男と、そして、ワイン。このワインの機能がまた乙だと思います。この構図が受けた要因なのではないかなと考えます。簡単に言えば、

    ワイン=女性

    という機能ですね。まぁ、ワインなので「熟成」というのも一つのキーワードかもしれませんが。これがこの映画の象徴性であり、大きな枠組みかと思います。

    ジャンルで見れば、バディ映画(buddy movie)であり、ロードムービーであるわけです。その中年二人組みですがね、男として、つまり男のアイデンティティに関して、色々と欠陥と不安を抱えているわけですよ。つまり、「未成熟」なのかもしれません。

    ×①のマイルスは分かれた元妻の存在に雁字搦め(↑の瓶詰めになっている二人のイラストはまさに象徴的)で作家になる夢をあきらめきれずしがなくやっている英語教師の自分を否定してしまっていて、ワインに関しては絶大な自信を持っているのに、女性に対してはまるっきりオクテで自信無し。つまり、ワインは彼の最後の砦であり、最大のコンプレックスの裏返しでもあるわけです。

    対して、ジャックは俳優でこれからようやく結婚をするところ。つまり夫というアイデンティティを確立しなければいけないという岐路を迎えて、自分の中に眠る動物的な「男」を動物的に女性にぶつけることで再発見しようと試みるのです。

    つまり、彼ら二人は知らず知らずのうちに「去勢(Castration)」されてしまっているわけで、かつてあったであろう自分達の「男もしくは男根」を探す旅にでるわけです。なぜ二人でというと、最終的に「男は男によって是認されること* によって男というアイデンティティを形成すると言われます。それを正当化するのが「結婚前のアバンチュール(バチェラーパーティ)」という名目というわけです。(注*本当に彼らがそう自覚しているかどうかという議論とは全く別物です)
    e0039500_2037882.jpg
    ↑そしてそんな男二人がすること、それは最も性的な男が試される日本で言えば「合コン」英語にしても「Go-con?」です(笑)マイルスはワインにすがり、ジャックは昔取った杵柄で順調に男としての自信を回復していきます。こんなことをいい歳した男女がまるでティーネイジャーのように時間を消費する姿がどうころがっても観客の心を捕まえて話さないのでしょう。

    そしてロードムービーならではの旅の終わりが映画の終わりという局面がやってきて、男二人は友情も確認し、ある種の満喫しながらも最終的な「敗北」と「自覚」をかみ締めて、帰路に着くわけなんですが。二人の行う最後のリデンプション(救済)の描写がまたなんとも言えず象徴的です。

    ジャックは虚勢で固められたマッチョな「男らしさ」を自覚し、それを壊すことによって、夫になり一つ成熟した男性へと変化します。それは俳優という仮面で釣ったように見えた女性にまんまとだまされ、裸一貫にされる。つまり、社会的男性という鎧を全て剥ぎ取られてしまうのです。力の象徴である財力=クレジットカードの入った財布を取り戻しに行くあたり、このアドベンチャーを二人でするここに友情と男の回復が凝縮されてますね。更にはワイン=女性なら車=男性の象徴を正面からぶつけることでも彼の虚勢の男らしさは自ら壊し脱却するという姿勢が見て取れます。これがジャックの救済です。

    一方でマイルスです。彼は結局最後まで「ワイン」から脱却できずに、本来の自分に気がつきながらも虚勢からも脱却できません。そして彼のリデンプション(救済)は大事にしまっておいた自慢の「ワイン」をもっとも自分が嫌うであろう飲み方でガブ飲みし、飲み干します。これがジャックの車と全く同じ機能を果たす救済手段です。これによって、彼は男として人生を自ら先に進めることができるようになり、女性とも真正面から向き合えるようになり、ひとつ成熟をするのです。

    こんなことを考えながら↓にあるようなシーンを見ると、もう滑稽で滑稽で。また、この映画はある種、コメディながらこういう読み方を出来る映画なので、評論家心も存分にくすぐるために、人気をあいまってのアカデミー多部門ノミネートなんでしょうね。やはり、多角度からアプローチできる映画は映画賞にも興行にも相性がいいですね。知った顔でワインを飲む二人の姿↓を見て、他の人は何を思うのでしょうか。

    最後に、この映画での女性はワインのように扱われ、性的男性に対する性的女性としての機能を与えられているだけのように見えますが、女性的な視点で見るとどう映るのでしょうかね。そこに興味もありますが、そこはフェミその専門家にまかせましょうかね・・・だいたい想像は付きますが・・・(汗)
    Depper

    * アメリカの劇作家デイヴィット・マメットは''What men need is men's approval,'' と言っています。
    e0039500_20372686.jpg
    公式:
    http://www.foxjapan.com/movies/sideways/

    一言物申す:
    英題は『Sideways』ですが、邦題は『サイドウェイ』と単数形になっています。単数だと、寄り道みたいな意味しかありませんが、複数にウェイズとなると、「ごまかしの、遠まわしな、回避的な」という暗喩的な意味あいも加わってよりタイトルとして映画に深みを与えるのですがね。そういう意味では、単数にされてしまったことは個人的に非常に残念ですね。こういう繊細さが足りない所業には毎回ウンザリがっかりさせられます。。。
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-30 00:14 | レビューと考察
    『ダニー・ザ・ドッグ』について少し考える
    e0039500_23464670.jpg
    久々に劇場へ行き、『スケルトンキー』を見ようと思っていたら、見たいと思っていた『ダニー・ザ・ドッグ』が『Unleashed』というタイトルで上映中なのを見て、あっという間に鞍替えして『ダニー』を見ることにした、私・・・。

    そして久々に見終わった後に、空白。何かがつっかえて思考が回らない。もともと劇場の大きなスクリーンで見るよりも自宅の小さい画面で見たほうが情報を受けやすく思考も回りやすいのだが、これほどの?と空白とつっかえがある映画に出会うのも久しぶり、という意味では新鮮だった。このつっかえをとらないとまともにこの映画を読み解けない気がして少し整理する意味でここに書き残してみる。


    つまりね、構造が見えないんですよ、この映画の!

    記号というかコードというか、まずそれをざっと。

    アジア⇒犬
    イギリス(白人)⇒飼い主

    アフリカ系アメリカ人⇒盲人⇒人道的⇒いい人
    イギリス人(白人)⇒高利貸し⇒非人道的⇒悪い人

    フランス人=出てこない

    舞台⇒イギリス⇒古典音楽⇒ピアノ⇒アメリカ⇒救済

    ダニー⇒イギリス⇒犬
    ダニー⇒アメリカ⇒人


    ここまでは、すごくわかり易いんですよ、ここまでは。
    e0039500_0134877.jpg

    問題はここからです。ヴィクトリア(ケリー・コンドン)が問題。
    多分個人的にヴィクトリアで引っかかってると思われ・・・。

    ヴィクトリア=両親居ない=アフリカ系アメリカ人(サム)に育てられる
    ヴィクトリア⇒矯正⇒Unleashed(解放)
    ヴィクトリア=アメリカ(白人)⇒イギリス・ピアノ⇒アメリカ・Unleashed(解放)
    ヴィクトリア=ダニーの物理的解放者・ダニーの初恋?
    ヴィクトリア=唯一陽の目に当たる



    ヴィクトリア=1人勝ち?


    いやね、ダニーは犬からは解放されたかもしれないし、それをアメリカが請け負ったというのはわかり易いのだけれども、最終的に人間としてアメリカでは「Others(他者)」というところにはめ込まれてしまっただけでね・・・サムと同じような立場になったというかね。それに比べて、ヴィクトリアは両親を失って、盲人でアフリカ系アメリカ人であるサムに育てられ、イギリスという箔を付けたらアメリカで陽の目に当たれるわけですよ、眩しいくらいにスポットライトを浴びて。そして暗がりから密かにサムとダニー(どちらも身体的に健常でない)が見守るという図で終わるんです。

    もう一度見てみたいところだらけで、細かい分析はしようがないんですが、Unleashedというタイトルに最も相応しいのは実はダニーではなく、ヴィクトリアなんじゃないかと・・・。むしろダニーやサムはヴィクトリアが自分が本来属するところはそこじゃないという認識を持たせる機能でしかなく、むしろアメリカのWASPsの社会から隔離されたことですこぶる純真無垢に育ったという描写のされ方です。

    この映画はアメリカ・イギリス・フランスの合同製作のようですが、フランスというのが抜け落ちてますし、そこはリュックベッソンが故意に抜いたのかなとも思えます。『Kiss of the dragon』や『レオン』にあるフレンチな記号・コードが無いんですよ。汚い役回りは全てイギリスに押し付けたみたいなところはあるんですがね(笑)

    あと、蛇足をするとしたら、カメラワークでしょうかね。非常に優等生的というか、忠実というか、少し五月蝿いというか。これでもかというくらい俯瞰ショットを見せてくれました。監督の指示なのか、撮影者(シネマトグラファー)によるものなのかはわかりませんが。

    この映画をダニーで見てしまうと、捨て犬がひどい飼い主からベターな優しい飼い主に拾われてめでたしめでたしになってします。そういう意味では、タイトルは『ダニー・ザ・ドッグ』、つまり犬でいいんですが、『Unleashed(解放)』とするならば、やはりヴィクトリアで見ないと・・・になってしまいますね。
    e0039500_124117.jpg
    Depper

    公式:
    http://www.dannythedog.jp/(日)
    http://www.dannythedog-lefilm.com/(仏)
    http://unleashedmovie.com/(米)

    参照:
    http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=322105
    http://www.imdb.com/title/tt0342258/maindetails
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-27 01:04 | レビューと考察
    『Sars Wars』
    どうも、Corinです(久々です)。このあいだ、ちょっと気になる映画の情報もらいました。その名も『Sars Wars』(タイ/2005)。あのSARS=severe acute respiratory syndrome=重症急性呼吸器症候群についての映画です。数少ないreviewから内容を察するに、バンコクのアパートで突然変異したSARSウイルスの亜種が発生。ウイルスに感染した人間は人食いゾンビに変身。ゾンビたちと戦う主人公たちを描いた、Sci-fi+アクション+ホラー映画のようです。

    e0039500_11324783.jpgタイトルが見た目、『Star Wars』です(笑)。Sci-fi+アクションというジャンルとして明らかに『Sars Wars』『Star Wars』の影響を受けているし、製作者が意図的にパロディー化したと思う方が自然。いわばオマージュ、もっと言えば『Star Wars』タイversionとしての『Sars Wars』なのかもしれません。


    注目すべきなのは、そこに「ウイルス」が介在していること。これが『Sars Wars』がホラーというジャンルにも分類される所以でもあるわけですが、「SARSで来たか…」というのが私の感想です。

    e0039500_11332381.gif80年代以降のゾンビ映画について、「ゾンビ「ウイルス」感染の恐怖はAIDS「ウイルス」感染の恐怖というリアリティのもとに成立する」、という学術的議論があります。また、80年代のスラッシャーフィルムで、登場人物が性行為直後に血まみれの犠牲になるのは、「無責任な性行為=AIDS=死」という恐怖の映像化であり、この議論を『Halloween』(John Carpenter, 1978)に当てはめると、奔放なsexを楽しんだあとの若いカップルを切り裂くマイケルはAIDS「ウイルス」そのものであるわけです。このように、ホラーというジャンルにとって、「ウイルス」というのは作りものの恐怖に現実味を与える重要な役割を果たしています。その「ウイルス」が、この映画では(突然変異の亜種という設定でフィクショナルな要素を持たされた)SARSそのものなんです。


    e0039500_11325928.jpgう~ん、すごくピンと来ない、怖いのかどうかね!!SARSは日本でも相当騒がれましたが、それほど(少なくとも私にとっては)現実的じゃなかった。というわけで、私は『Sars Wars』を、『Dawn of the Dead』みたいな内容で、でもコメディーだから『Shaun of the Dead』と似たような映画だ、と楽しむほかない…。感染者が出た国もあれど、欧米においてSARSは、アジアにとってのSARSほど脅威ではなかったはず。となれば、『Sars Wars』がただのalternative 『Shaun of the Dead』になってしまう可能性は非常に高いのではないかと。では、わざわざ、SARSの名前を使った意味はどこにいってしまうのか…。


    それで、頭に戻ります。『Star Wars』ですね。

    タイ国内では恐怖の対象としてSARSを使う意義は存分にあると思います。つまり、SARSがリアルな問題である地域にとって、タイトルにおけるSARSの文字は「これはホラー映画だ」という受け手の認識に機能する。一方で、世界に出たときには、『Star Wars』があるからこそ『Sars Wars』のタイトルが生き、SARSという文字は「これはコメディーだ」というフレーミングを促す(…にしても『Star Wars』ってすげぇ…)。このように『Sars Wars』というタイトルは、映画に対する2種類のイメージをフレキシブルにオファーする、ある意味、superなネーミングであると思うのです。タイ映画界の底力を見た、そんな気がしたなぁ。

    Corin

    参照:
    『Sars Wars』 (IMDb)
    『Sars Wars』 (Firecracker Showcase 2005)
    Review by "Variety"
    Fansite 『I'm bored』

    参照ブログ:
    http://noriyuki.exblog.jp/1885319

    公式?:
    http://www.filmbangkok.com/khunkrabi/

    追記:
    ↑の公式らしきサイト(必見!)を拝見すると(トレーラーも見れました!)、アニメーション映像が出てくるようだということと、女子高生らしき制服キャラクターがいる模様です。『STAR WARS』のパロディというかオマージュというかは一目瞭然ですが、アニメーション挿入や女子高生キャラなどは『キルビル』の影響も大なのではと・・・下を辿ると『バトルロワイヤル』はもちろんのこと、日本映画の影響ということになりますよね。『STAR WARS』自体監督ジョージ・ルーカスが日本映画の影響大といってるわけですからね。ホラージャンルとしては欧米式ゾンビ(ウィルス感染)伝統を受け継ぎながらやってるわけですし、この辺に タイ という国もしくは映画文化が見え隠れしているような気がしてきました。
    Depper

    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-23 11:49 | 雑記
    意外な『たそがれ清兵衛』の構造を少し考える
    主人公の 清兵衛真田広之) が最終的に闘わざるをえなかった相手。
    e0039500_9245444.jpg

    それは海坂藩(元)馬回り役 余五善右衛門田中泯) である。
    e0039500_9242383.jpg

    映画『たそがれ清兵衛』の構造をこの二人を通して見たときに、意外な構造が見えてきた。それは映画の中(Diegetic)の世界の主人公井口清兵衛と余五善右衛門ではなく、彼らが職業として背負う看板にある。

    e0039500_9554093.jpg大英帝国より勲章第5位
    Member of the Order of the British Empire(MBE)

    つまり、役者としてDuke(公爵)の肩書きを持つ真田広之。





    e0039500_9555876.jpgフランス政府より芸術文化騎士章
    Chevalier des arts et des lettres

    つまり、ダンサーとしてChevalier(騎士)の肩書きを持つ田中泯。





    要するに・・・



    イギリス vs. フランスの代理戦争だったのだ!

    壮絶な死闘の後、最終的に真田が勝利する。
    つまり、フランスが討たれ、イギリスが勝利するのだ。
    日本家屋の中で、しかも家屋の構造により泯は負ける・・・。
    これはある意味すこぶる政治的な構図である。

    ・・・失礼しました。
    Depper

    参照:
    真田広之ファンサイト(英語)
    田中泯オフィシャルHP
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-23 10:14 | レビューと考察
    「日本最古のアニメ」について少し考える
    最古アニメ?:1900年代初頭、京都市の旧家で見つかる
    e0039500_2305395.jpg
    まず最初に、これはアニメーション映画界において画期的なニュースでまさにEpoch-making Discoveryである。がしかし、ニュースの記事自体には突っ込みどころが満載でもある。

    一つは、これは日本国内と世界的な基準の違いでどうしようもないところなのだろうが、「アニメ」と「アニメーション」との違いだ。世界基準でいうと、「アニメ」は用語として“日本のアニメーション”を指す。がしかし、日本では「アニメ」というと、“アニメーション全体”を指して使われている。どちらが正しいという議論ではないが、このダブルスタンダードは皆が周知とするべきところで、記事を書くメディアの方々には特にきちんと認識・区別して使ってほしい。
    津堅さんによると、米国やフランスで最初にアニメフィルムが作られたのは1907年前後で、今回見つかったフィルムとほぼ同時期。「外国製を参考にせず、日本独自の方法でアニメが作られた可能性がある」と話す。
    毎日新聞 2005年8月20日
    e0039500_324072.jpg上記したように、世界基準でみると「アニメフィルム」は日本製であるから、それが米国やフランスで作られること自体に引っかかってしまう。

    そこに目をつぶったとしても、米国やフランスが最初に作ったアニメーションは1907年前後ではない。もし、そう言いたいのであれば、せめて“商業的に作られるようになった”と限定してもらいたいところである。なにせ、1890年代には、映写する装置や映写の仕方も異なるが、個人レベルでセルフィルムに書いたものを映写して見世物的に一般公開していたことは周知の事実であるから。セルフィルムをつかったアニメーションという限定的な枠を伝えないと、映写する必要がなければ、日本の絵巻などが最古と認識もされうるということ。まぁ、それは少しばかり極端な言い方だけれども。。。少なくとも英語版の同ニュース記事には“Japanese Animation”という形で表現されており、その他用語に一貫性がある。そしてなぜか使われている←画像もよりコマが長いもので情報量が多い。
    近世の映像文化に詳しい松本さんが、映写機3台や外国製アニメなどのフィルム10本と共に入手した。製作方法や一緒に見つかった映写機の製造年代から、日本最古のアニメフィルムと判断したという。
    毎日新聞 2005年8月20日
    更に欲を言えば、どのような映写機で映写できるものが発見されたのかの詳細が欲しいところなのだが、発見入手者の大阪芸大非常勤講師(図像学)の松本夏樹さん(53)と同芸大非常勤講師(アニメ史)の津堅信之さん(36)達が日本映像学会の機関誌に詳細を発表するとのことなので、それを楽しみに待ちたいところだ。できれば、同時に英語で機関誌英語版ICONICSでも発表して世界に向けても発信してもらいたい。もちろん、その時は世界基準で用語を使って・・・
    Depper

    参照:
    *http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/news/20050820k0000e040019000c.html

    *http://mdn.mainichi-msn.co.jp/entertainment/archive/news/2005/08/20050820p2a00m0et007000c.html
    (英語版)


    追記:より詳しいニュース記事を見つけたのでリンク↓
    http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200507300041.html
    この2作品は、原画をカメラで1コマずつ撮影して制作されている。今回見つかった作品はカメラを使わず手法が異なるため、津堅さんは「厳密な意味で現在と同様のアニメと言えるか、という議論は残る」としながらも、「明治に動画があったことは大変な発見」と評価している。
    asahi.com 2005年07月30日

    ↑闇雲に日本最古のアニメーションと言っていないことが判って少し安堵しました。やはりアニメーションの定義付けからはっきりさせない限りは“最古かどうか”という議論は成立しませんね。

    参照:英語
    http://www.midnighteye.com/features/pioneers-of-anime.shtml
    'Pioneers of Japanese Animation at PIFan' Midnight Eye

    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-21 03:26 | Newsアーカイブ
    『たそがれ清兵衛』で男ついて少し考える
    e0039500_1241240.jpg久しぶりにDVDで『たそがれ清兵衛』を鑑賞。これで見るのはかれこれ3度目か4度目だったのだが、ふとある一つの疑問が脳裏をよぎった。それは、清兵衛は最初からすごくフェミナイズ/女性化(Feminized)もしくは激しく去勢された(Castrated)状態ではないか!ということ。そして、「武士」ではあるかもしれないが、「サムライ(Samurai)」ではないな、ということ。

    先に一言弁明しておきますが、これはあくまでもジェンダー的表象という角度からこの映画もしくはあらゆる映画の構成要素を見た場合に見えた一貫性のお話で、表面上の物語とは異なりますし、どちらかというと少しビジュアル精神分析(Psychoanalysis)に近いカタチになりますが、一から映像取り上げてやるつもりもありませんし、これは!Σ(・Д・ノ)ノ と思ったところを羅列してみようかと・・・。
    e0039500_13393444.jpg
    まず、主人公の清兵衛は最初から男らしさを抑圧された状況・環境から映画は始まります。つまり、妻を亡くしたところからですが、これにより彼は性的な対象外の女性のみに囲まれて生活をすることになるのです。つまり、男という性を感じることができない状態で、かつ女性(しかも性的に未発達・もしくは性的魅力の喪失した)と共存をするわけです。

    次に、多くの海外での批評・レビューでは彼の父親としての側面が語られていますが。それもそのはず、「父」であるだけで、「男性」ではないからです。名前は出しませんが、どこぞの日本の新聞は古き懐かしの父親像とどこぞのイラストレーターの名前で書かれていましたが、とんでもない。古き懐かしいのは時代であって、清兵衛はむしろその時代にはイビツな現代における理想の父親像なのです(よって極端な男らしさが伺えない)。つまり、プライベートでは「親父」でありさえすればよい状況下で、性的な男性である必要性が全く与えられてなく、なおかつ古き良き家父長的な父親像も持ち合わせてなく(叔父役の丹波哲郎がむしろそれ)、ただただ生活を支える経済的な力だけで、それすらもアイデンティティにできるほど稼げていません。古いかどうかは別として、ありとあらゆる男性が削られている。そんな役柄です、清兵衛。

    そして彼は「武士」という身分でありながら、時代柄「武士」をさせてもらえていません。徐々に「武士」である身だしなみは損なわれ(男らしさが損なわれ)刀を鍬や鋤に持ち替えて農作業をやらされ、勤め先では事務ばかり。つまり、男根の象徴(Phallus)である刀の存在価値を全く否定された状況でいわゆる「武士」をやらされているのです。更に更に、聞けば戸田しぇんしぇいのところで習った剣術は、小太刀というではありませんか。男根(Phallus)の象徴である刀すら極端に短いものなのです。もはや彼の男としてのアイデンティティはずたぼろです。逆にそういう環境に安住しているようでもあります。
    e0039500_1463053.jpg
    ところが、そんな男らしさを失い、女性化されてしまっている清兵衛に、お上から「男になれ」と藩命を受けます。つまり、「武士」の本分である刀による戦闘行為を行い、藩随一の剣術の使い手を討ち取って「男のアイデンティティ」を再構築してこいということです。さぁ、これは困った清兵衛。そこで重要な役割をするのが親友飯沼の妹の朋江です。(名前をピンクにしたら過激フェミの方からしかられそうです・・・汗)彼女は最初から「女性」をぷんぷん匂わせて登場します。その彼女をまず別れた夫から木刀(まだ真剣を扱えるほど男を回復できない清兵衛)で守ることによって、昔あった自分の中の「男」を確認させられます。その朋江はんを呼び寄せて、心中にある「男」の欲求をぶつけ、「武士」としての身だしなみを整えてもらうことで、彼は「男になる」準備と覚悟をするのです。ただ、まげを整え、正装をするだけで、頭などは剃ることもできず到底完璧な「武士」の姿ではないのです。

    そして彼が無事お役目を終えて「男」を証明して帰ったとき、そこに「女」である朋江が待っていることは容易に想像が付きました。この後に、朋江を娶り、数年一緒に暮らした後に「兵士」ではなく「武士」として戦いに参加し、討ち死にをしたようですが、彼が身なりも精神も「武士」である状態で人生を閉じたであろうことは想像に難くありません。こうしてジェンダーという側面で眺めてみると、この映画は主人公の「男らしさ」の回復の物語であります。最初から彼の「父性」としてのアイデンティティは揺らがず不動ですが、性的「男性」としては不能でありました。それを最終的に回復させたのはまぎれもなく性的「女性」でした。

    時代は変わり、社会では男性の女性化が叫ばれるようになって久しく、この国に「武士」は消え、上っ面の男根を振り回せない現代の男性はどこで「男」を見つければよいのでしょうか。そんなところを見ながら、そんなことを考えさせられながら鑑賞した今回の『たそがれ清兵衛』でした。
    Depper

    公式:
    http://www.shochiku.co.jp/seibei/

    参照:
    http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=238297
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-19 14:34 | レビューと考察
    全米興行収入8月12-14日を少し考える
    以前Corinが全米興行と↓の表で4位にランキングされている『Weddeing Crashers(ウェディングクラッシャーズ)』の記事を投稿していたので、続報として少し考えてみる。

    順位                          興行収入
    1.   Four Brothers ---------------2070万ドル
    2.   The Skeleton Key--------------1580万ドル
    3.(1)The Dukes of Hazzard------------1300万ドル
    4.(2)Wedding Crashers--------------1200万ドル
    5.   Deuce Bigalow: European Gigolo--------940万ドル
    6.(3)チャーリーとチョコレート工場---------730万ドル
    7.(6)皇帝ペンギン-----------------670万ドル
    8.(4)Sky High-------------------610万ドル
    9.(5)Must Love Dogs----------------460万ドル
    10.   The Great Raid----------------340万ドル
    [ロサンゼルス 14日 ロイター]

    e0039500_8195535.jpge0039500_8201788.jpg『Wedding Crashers』が前週2位から4位に下がるもいまだ健闘中。やはり注目は上位2作品。『Four Brothers』はドラマミステリーでかなり低予算で作られている模様。全米での総興行売り上げが落ち込む傾向の中で、何百億という大予算で製作された映画が軒並み伸び悩んでいる感があるが、Four Brothersのような低予算映画の興行が伸びると、これから低予算・高収入の映画作りが今一度見直されるのかもしれない。コメディなどは比較的低予算で比較的安定した興行を上げるジャンルとされていたが、ある意味『Wedding Crashers』はその枠を飛びぬけた例だろう、既に今までの興行成績が1億6千万ドルを超えている。いわゆるBlock Buster(大ヒット)映画の仲間入りだ。

    初登場2位に入ったのはThe RingThe Ring 2の脚本家Ehren Krugerが脚本を書いたケイトハドソン(Kate Hudson)主演のThe Skeleton Key(スケルトンキー)』。先日ロンドンでも劇場公開されていたが見ずじまいで帰宅・・・Or2 これまたホラー・スリラージャンル映画だ。この時期にリングの看板背負っての公開なのでよっぽどのことが無ければ無難に興行収入を伸ばすと予測される。
    e0039500_8245823.jpg

    そして最後に個人的に着目するのが皇帝ペンギン。セミドキュメンタリー映画でここまでの興行収入は大健闘というところだろう。配給国によってナレーションや吹き替え形態も違うようだ。ぜひ見て見たいところだが、イギリスでは現在劇場公開されていないようだ・・・残念。現在これまでの興行成績が3千7百万ドル。ここからどれくらい伸ばすのだろうか。日本の成績と比べてみるのも面白いかもしれない。
    Depper


    参照:
    USA Weekend Box-Office Summary

    参照記事:
    Excite エキサイト : 全米興行収入トップ10
    Excite エキサイト : 全米興行収入、「Four Brothers」が初登場首位

    参照ブログ:
    見てから読む?映画の原作

    公式:
    『The Skeleton Key』
    『Four Brothers』
    La Marche de l'empereur(皇帝ペンギン)(アメリカ)
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-16 08:45 | Newsアーカイブ
    映像コンテンツに対するレーティングを考える
    夕刊フジブログ: 松沢神奈川県知事を直撃…「ゲームで殺人は、やりすぎ」

    e0039500_1162621.jpg↑の記事を読んで、「またか・・・」という思いに詰まされる。これは今や映像コンテンツという枠組みで大きな存在であるゲームソフトに関する地方行政の介入による、すったもんだ。米国製のアクションゲーム「グランド・セフト・オート3(GTA3)」(発売元:カプコン、プレイステーション2用)を有害図書に指定した一件が未だに物議をかもしている。

    映画やビデオを含め、映像コンテンツに対するレーティング(自主規制)機関にそれなりの権威が社会的に無いことと、その一連の組織機関構造自体の不透明さが今回のような事例を引き起こしてしまうのだ。つまり、日本のレーティング機関が欧米におけるそれ(例えば、アメリカのMPAAやイギリスのBBFC)と比べて未成熟であり、また充分な研究が行われて来なかった当然の結果でもある。(映画・TV学を始め、アカデミックな映像研究自体が日本ではまだまだ未発達なのだからしようがないところ)要するに、日本における映像コンテンツに対するレーティング機関が一枚岩になっていない現実と、そのレーティングの判断基準の曖昧さが産み出す弊害だ。

    e0039500_9242143.gife0039500_9243616.gif





    なんでも欧米に追随せよ、と思っているわけではなく、日本独自のレーティングシステムを持ってもいいわけであるが、少なくともその成熟度を増して欲しいところである。事実、アカデミックな性質とは相性の悪い「感想・印象論」が根強い日本の批評界も、それはそれである種日本の批評文化なのではないかと捉えることも可能だからだ。そもそも映倫が規定するレーティングは4種類しかなく、BBFCの8種類、MPAAの5種類とその内容を比べても至って平素で、分類の理論的な根拠が乏しい感が否めない。
    e0039500_952027.gif

    何よりも寂しいのは、映倫↑の公式HP自体が2004年まで無かったことと、その公式HPさえコピーライトが2004年から変えられていない事実。。。(取ってつけたようなHPでも無いよりは、はるかにましなのだが) 救いは幾つか他では余り拝めない統計チャートが載っていることだが、その統計も中途半端感が否めない。どうせなら、ここまで載せないとという痒い所に手が届いていない。・・・と、グチだらけになりそうなので、映倫に関してはここまで。

    話は戻るが、一つ驚いた事実は、コンピューターエンターテイメントレーティング機構(以下CERO)なるものが2003年に法人格を取得し、独自のレーティングシステムを構築していたということだ。そしてそのシステムの概要も至極しっかりとしたもので、明確文言化されている。松沢神奈川県知事はこう述べている↓
    「業界がゲームソフトのレーティング(年齢による購買基準)を設けていることは知っています。したがって、われわれは18歳以上への販売まで禁止するつもりはない。今後、指定商品を増やす気もありません。業界だって、行政にとやかく言われず自主的にやりたいでしょうし、そうして(=自主規制して)くれればいいんです」
    「有害図書指定」の持つ性質や有益性を語らずにレーティングの視点からのみ判断をすることは危険なのだが、つまり、完全にCEROのレーティングを無視し、県が条例として二重のレーティングを課すということのようだ。レーティングの議論が行われること自体は個人的に歓迎だが、この知事の姿勢には賛同できない。こういう職権乱用というべきか、裁量の乱用というべきか、レーティングの二重化はレーティング自体の権威・存在価値を薄めてしまうであろう。つまり知事の思惑とは逆に作用する危険が十二分に考えられる。
    e0039500_10113594.gif

    更に知事はこうも発言している↓
    「私には、ゲーム業界をつぶす意図などは、まったくない。一言で言えば、子供相手にテレビゲームで殺人を体験させるというのはいくらなんでもやりすぎでしょう、ということです。今回の規制は、そのことを業界に伝えるための、一種のエクスキューズ(口実)です」
    「もちろん、テレビゲームが青少年の成長に悪影響を与えるかどうかについては、正式な研究結果もまだ出ていない。それは私も十分分かっています。しかし神奈川県には、悪影響を与えそうなものから青少年をなるべく遠ざけようという趣旨の青少年保護育成条例があります。その条例にのっとって、今回の指定に踏み切ったわけです」
    知事がどこまでレーティングとその意義について把握しているかは定かではないが、研究結果が出ていないということを自覚しながら、バーチャルな世界での殺人行為=青少年には有害という安直な自己認識のもとで条例の施工に踏み切るという行為をしていることになる。そのソフトにCEROがレーティングをしているかどうかは確認できなかったが、既に18歳以上対象で売られている。見方によれば、知事は日本が煮詰めていかなければいけない議論に一石を投じたわけであり、その反響が議論の必要性を物語っている。言ってみれば、これこそが日本が抱えるレーティングシステムの現状をそのまま体現しているのではないだろうか。

    これから映像に対する真摯な研究(体系化)がなされ、日本の日本による日本のためのレーティングシステムの一日も早い成熟を望むのは私だけだろうか。映像コンテンツ=エンターテイメントとしてしまう日本の気質が改善されない限りその日が来ることはあまり近くないように思ってしまったりもする。。。先は遠いのか、近いのか。
    Depper

    参照:
    http://matsuzawa.cocolog-nifty.com/(松沢知事ブログ)

    追記:
    CESA(コンピューターエンターテイメント協会)というゲーム一般を取り扱う機構があるようで、CEROはここと連携してレーティングを推し進め、CESAもCEROのレーティングと販売側の自主規制の強化を推進しているようだ。

    参照:
    CESA、家庭用ゲームソフトの販売自主規制を発表

    より詳しい因果関係を知りたい人↓
    http://d.hatena.ne.jp/kitano/200507
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-15 10:36 | Newsアーカイブ
    映画発ドラマ『着信アリ』
    「着信アリ」菊川怜でドラマ化 (エキサイト : 芸能ニュース)

    e0039500_10194015.jpg映画で人気を博し、シークエル(続編)も作られた映画『着信アリ』が今回10月スタートの金曜夜11時15分枠のテレビ朝日によってドラマ化をされることになった。主演は女優の菊川怜(27)とのこと。記事にもあるように今や世界的に呼ばれる現代のJ-Horror(ジャパニーズホラー)”トレンドの中心的存在と言っても過言ではない映画のTVドラマ化である。

    ホラーに詳しくない私が言いたいとすることは、“Jホラー”トレンドではなくて、むしろ近年の映画のTVドラマ化の隆盛についてだ。エンターテイメント情報雑誌「日経エンターテイメント」が8月号に興味深いチャート(↓がチャートの引用抜粋)を載せていたのを見て、これまでのぼんやりとした認識から明らかな潮流であるとの認識・確信に至った。

    放送年月         タイトル

    97年 7月期 『失楽園』(日テレ系)

    99年 1月期 『リング最終章』(フジ系)
    99年 7月期 『らせん』(フジ系)

    00年 4月期 『アナザヘヴンeclipse』(テレ朝系)
    00年 7月期 『催眠』(TBS系)

    02年 7月期 『サトラレ』(テレ朝系)

    03年 7月期 『ウォーターボーイズ』(フジ系)

    04年 4月期 『愛し君へ』(フジ系)
    04年 7月期 『ウォーターボーイズ2』(フジ系)
            『世界の中心で愛をさけぶ』(TBS系)

    05年 7月期 『いま、会いにゆきます』(TBS系)
            『海猿』(フジ系)
            『がんばっていきまっしょい』(フジ系)
            『電車男』(フジ系)
    05年 10月期 『着信アリ』(テレ朝系)

    資料:「日系エンターテイメント」2005年8月号P75

    チャートを見てもらうと、一目瞭然なのだが、映画が興行的成功をするにつけ、その後TVドラマシリーズ化をされるというのをここ1~2年で見てきた。個人的には2003年の『ウォーターボーイズ』からこの動きは断続的に活発化し、フジ・TBSに続いてテレビ朝日が追随した、と見る。興味深いのは日テレが一つもしていないことと、フジの依存ぶりだろうか。やはりというべきか、更に面白い点は7月期に集中していることだろう。97年~02年までは途切れ途切れな感はあるがホラー・カルトな作品が多いために夏に集中するというのは容易に理解できる。しかし、それ以降はホラー・カルト作品が姿を消したにも関わらず、依然として夏場のクールにドラマ化されていることである。実際の映画の興行成績や封切りの時期等を比較交渉しないとこれ以上はなんともいえないのだが・・・。しかし、04年で3作。05年はこの『着信アリ』で5作目ということになる。この流れをトレンドと言わずしてなんと言おうか。
    e0039500_10503310.jpg

    映画『リング』以来続々と国境を越えていった“Jホラー”映画が、ハリウッドでのリメイクの続発など一つの潮流を世界にもたらしたように、国内ではTVドラマ化という一つの潮流を生み出していたことになる。日系エンタの記事にもあるように、テレビ局や芸能プロダクションが映画製作に出資する近年、この映画発ドラマという現象がいずれ日本映画界にどのような恩恵もしくは弊害をもたらすのか、これからそれを両の眼を見開いて見届けねばなるまい。

    Depper

    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-10 11:13 | Newsアーカイブ
    『Wedding Crashers』
    『Wedding Crashers』、全米Box Officeでまさかの大健闘です。詳しくは↓

    ■「ウェディング・クラッシャーズ」が首位に浮上。新作群は不振

    オーウェン・ウィルソン、ビンス・ボーン主演のコメディ『ウェディング・クラッシャーズ』が公開3週目にして首位を獲得。累計興収も1億ドルを突破し、最終的には1億7000万ドル以上の興収が見込める模様。公開から3週目にナンバーワンを獲るというのは極めて希なケースで、配給元のニューラインにとっては驚きの大ヒットとなっている。一方、その煽りをくったのが3、4、5位にランクインした新作3本。3位のディズニー映画「スカイ・ハイ」はカート・ラッセル、ケリー・プレストン主演のファミリー向けアドベンチャー。意外にもこれが今年のウォルト・ディズニー最高のオープニング作品。続いて4位に入ったのはソニーの超大作「ステルス」。1億ドル超のバジェット+3495館という超拡大規模の公開ながら、オープニング3日間の成績はまさかの1350万ドル。ちなみに、監督は「トリプルX」のロブ・コーエン。実はソニーは今年の春先、監督がコーエンからリー・タマホリに交代した「トリプルX2」もコけさせており、まさに踏んだり蹴ったりとなった。5位に入ったのはダイアン・レイン、ジョン・キューザック主演のロマンティック・コメディ「マスト・ラブ・ドッグス」。25歳以上の女性をターゲットに作られているため、約1300万ドルという数字は決して悪くないだろう。
    (eiga.comより抜粋)

    e0039500_11475387.jpgこの映画見ましたが、そんなヒットになるとは思わなかった…というのが個人的な感想。ストーリー的には、少年という歳でもなく、立派に職にもついているオトコ達が、精神的に大人になりきれず、あらゆる結婚式に潜入しては女遊びを繰り返すうち、ついに愛する女性を見つけ、大人としての自分の生きる道、身の固め方を見いだしてゆくという内容。Ben Stiller, Jack Black, そしてOwen Wilsonといった俳優たちが得意とする、ハリウッド(ロマンス)コメディお気に入りの展開です。

    コメディとして、何か新しいものがあるわけではないんです。思ったとおりの展開とエンディングです。キャスティングも、スターペルソナに忠実で、極めてありがち。特に途中から顔を出すWill Ferrellはあまりにもハマりすぎていて、先が読めてしまう。

    いや、待てよ…、 えっ、あれ? むしろ読まされている!? 目を覚ませよ、自分!!

    e0039500_11404324.jpg……というわけでこの映画は、「こういう映画ですよ」という製作側の売り出し方と、「こういう映画だろう」という観客の予想の間のギャップが極めて小さい作品だと思うのです。言い換えれば、作り手がたくさんの「お約束」を映画のなかで行い、見る側は「裏切られない安心感」を保障されたうえで気楽に楽しむことができる作品。もっと言えば、タイトルやキャスティング、ポスターや予告編などの宣伝を通じて生まれた『Wedding Crashers』 という映画に対する観客の期待に映画自体が忠実であり、いわば製作側と観客の間の「暗黙の契約」が履行された結果、3週目にして首位を獲るという快挙に繋がったのだと思われます。

    結果として、『Wedding Crashers』 は「ありがちなコメディ映画」として認識されればされるほど、興行的に極めてセーフな映画である、と言えるのではないでしょうか。

    Corin
    公式:
    http://www.weddingcrashersmovie.com/
    参照:
    http://www.imdb.com/title/tt0396269/ (IMDB)
    [PR]
    by Corin_Depper | 2005-08-09 11:49 | レビューと考察