• 映画を少しばかり外から眺めてみるそのカタチ
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    カテゴリ:レビューと考察( 47 )
    Rich What??Richmond!: 『コーチ・カーター』のレビュー
    DVDにてコーチ・カーターを鑑賞。個人的にはバスケットボール・アフリカンアメリカン・サミュエルジャクソンと来たら観ずには居られない作品。この手の「青春映画」と言おうか、「通過儀礼映画」と言おうか、「スポーツドラマ」と言うべきか、純粋に期待しているドラマも描写も充分すぎるほどあったし、この手の映画にして2時間を越える上映時間(131分)をたるみなく見れたというのはその裏返しであるし、称賛に値する作りになっているということだろう。
    e0039500_8254522.jpg

    この映画は「社会」「人種」という側面をプロットに大いに盛り込んでいることが、ドラマの厚みを増しているところか。裏を返すと、これまでこの手の映画は「人種もの映画」としてその描かれている人種をターゲット観客として作られているものが多かったが、この映画には数こそ少ないが間違いなくアジア系も居ればいわゆるホワイトも居て登場人物として顔を持っている。ゆえに生まれ着いての「貧困」「土地柄」というよりソーシャルな側面が自然と色濃くなることで、ただの「人種もの映画」というレッテルを貼られずに済んでいるところでもあり、またより多くの観客に受け入れられやすいような太く真っすぐなナラティブの線になっている。
    e0039500_8271253.jpg
    (↑俺がお前らに希望というものを教えてやると言わんばかりの後光が差したサミュエルの画)

    もう一つの着目点は、「スポーツ映画」に「教育」というテーマを対極に持って来たところだろう。つまり、「人種」というよりは「社会構造問題」、「スポーツ」というよりは「教育」を強調したプロットのおかげで、いわゆる「青春映画」の観客層以外の層にも響くように出来ている。だからこその、2時間11分。そしてこれは議論の堂々巡り・・・。

    それでも、サミュエルジャクソンの存在感は絶大であったし、彼独特の口調とイントネーションも健在。“俺はこういう役がやりたかったんだ!”とばかりに迫真の動きと台詞回しを見せてくれる。実際には型にはまった動きや台詞なんだが、それをサミュエルジャクソンがやるから面白い。そして、バスケットボールのシーンも迫力のあるものに仕上がっていたし、その躍動感とリズム感は『エニイ・ギブン・サンデー』を想起させた。強靭なリーダシップと絶大な父親像は「戦争映画」やこの手の映画、つまり「目的を持った男の集団」にはつき物だが、表裏一体でセットになる男性にして母親的な役割を集団の中で果たす明確化された登場人物が出てこない。が、これは言い出すと長くなるのでまた別のお話。
    e0039500_8283693.jpg

    では、最後に、心に残った台詞の引用で〆ます。
    Our deepest fear is not that we are inadequate.
    Our deepest fear is that we are powerful beyond measure.
    It is our light, not our darkness that most frightens us.
    Your playing small does not serve the world.
    There is nothing enlightened about shrinking,
    so that other people won't feel insecure around you.
    We were all meant to shine, as children do.
    It is not just in some of us, it is in everyone.
    And as we let our own light shine,
    we consciously give other people permission to do the same.
    As we are liberated from our own fear,
    our presence automatically liberates others.

    Depper

    公式:
    http://www.cc-movie.jp/index02.html

    参照:
    レビュー「コーチ・カーター」(eiga.com)
    コーチ・カーター (2005)(Allcinema Online)
    エニイ・ギブン・サンデー (1999)(Allcinema Online)
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    by Corin_Depper | 2005-09-07 08:34 | レビューと考察
    『サイドウェイ(Sideways)』について少し考える
    e0039500_20364764.jpg今日は映画の心理プロファイルのKiyotayokiさんのところから(これぞ本当の?)トラックバックで、映画『サイドウェイ』について少し考察をしてみようかと。

    最初に、まず感想。久しぶりに共感というか感情移入をして観れた映画でした。そして何故か一抹のノスタルジーを感じずにはいられないほろ苦いようでまったりとした後味。そんなところでしょうか。

    ということで、感想終わり。

    この映画の醍醐味というか大味な構造はなんといっても、中年の男と、そして、ワイン。このワインの機能がまた乙だと思います。この構図が受けた要因なのではないかなと考えます。簡単に言えば、

    ワイン=女性

    という機能ですね。まぁ、ワインなので「熟成」というのも一つのキーワードかもしれませんが。これがこの映画の象徴性であり、大きな枠組みかと思います。

    ジャンルで見れば、バディ映画(buddy movie)であり、ロードムービーであるわけです。その中年二人組みですがね、男として、つまり男のアイデンティティに関して、色々と欠陥と不安を抱えているわけですよ。つまり、「未成熟」なのかもしれません。

    ×①のマイルスは分かれた元妻の存在に雁字搦め(↑の瓶詰めになっている二人のイラストはまさに象徴的)で作家になる夢をあきらめきれずしがなくやっている英語教師の自分を否定してしまっていて、ワインに関しては絶大な自信を持っているのに、女性に対してはまるっきりオクテで自信無し。つまり、ワインは彼の最後の砦であり、最大のコンプレックスの裏返しでもあるわけです。

    対して、ジャックは俳優でこれからようやく結婚をするところ。つまり夫というアイデンティティを確立しなければいけないという岐路を迎えて、自分の中に眠る動物的な「男」を動物的に女性にぶつけることで再発見しようと試みるのです。

    つまり、彼ら二人は知らず知らずのうちに「去勢(Castration)」されてしまっているわけで、かつてあったであろう自分達の「男もしくは男根」を探す旅にでるわけです。なぜ二人でというと、最終的に「男は男によって是認されること* によって男というアイデンティティを形成すると言われます。それを正当化するのが「結婚前のアバンチュール(バチェラーパーティ)」という名目というわけです。(注*本当に彼らがそう自覚しているかどうかという議論とは全く別物です)
    e0039500_2037882.jpg
    ↑そしてそんな男二人がすること、それは最も性的な男が試される日本で言えば「合コン」英語にしても「Go-con?」です(笑)マイルスはワインにすがり、ジャックは昔取った杵柄で順調に男としての自信を回復していきます。こんなことをいい歳した男女がまるでティーネイジャーのように時間を消費する姿がどうころがっても観客の心を捕まえて話さないのでしょう。

    そしてロードムービーならではの旅の終わりが映画の終わりという局面がやってきて、男二人は友情も確認し、ある種の満喫しながらも最終的な「敗北」と「自覚」をかみ締めて、帰路に着くわけなんですが。二人の行う最後のリデンプション(救済)の描写がまたなんとも言えず象徴的です。

    ジャックは虚勢で固められたマッチョな「男らしさ」を自覚し、それを壊すことによって、夫になり一つ成熟した男性へと変化します。それは俳優という仮面で釣ったように見えた女性にまんまとだまされ、裸一貫にされる。つまり、社会的男性という鎧を全て剥ぎ取られてしまうのです。力の象徴である財力=クレジットカードの入った財布を取り戻しに行くあたり、このアドベンチャーを二人でするここに友情と男の回復が凝縮されてますね。更にはワイン=女性なら車=男性の象徴を正面からぶつけることでも彼の虚勢の男らしさは自ら壊し脱却するという姿勢が見て取れます。これがジャックの救済です。

    一方でマイルスです。彼は結局最後まで「ワイン」から脱却できずに、本来の自分に気がつきながらも虚勢からも脱却できません。そして彼のリデンプション(救済)は大事にしまっておいた自慢の「ワイン」をもっとも自分が嫌うであろう飲み方でガブ飲みし、飲み干します。これがジャックの車と全く同じ機能を果たす救済手段です。これによって、彼は男として人生を自ら先に進めることができるようになり、女性とも真正面から向き合えるようになり、ひとつ成熟をするのです。

    こんなことを考えながら↓にあるようなシーンを見ると、もう滑稽で滑稽で。また、この映画はある種、コメディながらこういう読み方を出来る映画なので、評論家心も存分にくすぐるために、人気をあいまってのアカデミー多部門ノミネートなんでしょうね。やはり、多角度からアプローチできる映画は映画賞にも興行にも相性がいいですね。知った顔でワインを飲む二人の姿↓を見て、他の人は何を思うのでしょうか。

    最後に、この映画での女性はワインのように扱われ、性的男性に対する性的女性としての機能を与えられているだけのように見えますが、女性的な視点で見るとどう映るのでしょうかね。そこに興味もありますが、そこはフェミその専門家にまかせましょうかね・・・だいたい想像は付きますが・・・(汗)
    Depper

    * アメリカの劇作家デイヴィット・マメットは''What men need is men's approval,'' と言っています。
    e0039500_20372686.jpg
    公式:
    http://www.foxjapan.com/movies/sideways/

    一言物申す:
    英題は『Sideways』ですが、邦題は『サイドウェイ』と単数形になっています。単数だと、寄り道みたいな意味しかありませんが、複数にウェイズとなると、「ごまかしの、遠まわしな、回避的な」という暗喩的な意味あいも加わってよりタイトルとして映画に深みを与えるのですがね。そういう意味では、単数にされてしまったことは個人的に非常に残念ですね。こういう繊細さが足りない所業には毎回ウンザリがっかりさせられます。。。
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    by Corin_Depper | 2005-08-30 00:14 | レビューと考察
    『ダニー・ザ・ドッグ』について少し考える
    e0039500_23464670.jpg
    久々に劇場へ行き、『スケルトンキー』を見ようと思っていたら、見たいと思っていた『ダニー・ザ・ドッグ』が『Unleashed』というタイトルで上映中なのを見て、あっという間に鞍替えして『ダニー』を見ることにした、私・・・。

    そして久々に見終わった後に、空白。何かがつっかえて思考が回らない。もともと劇場の大きなスクリーンで見るよりも自宅の小さい画面で見たほうが情報を受けやすく思考も回りやすいのだが、これほどの?と空白とつっかえがある映画に出会うのも久しぶり、という意味では新鮮だった。このつっかえをとらないとまともにこの映画を読み解けない気がして少し整理する意味でここに書き残してみる。


    つまりね、構造が見えないんですよ、この映画の!

    記号というかコードというか、まずそれをざっと。

    アジア⇒犬
    イギリス(白人)⇒飼い主

    アフリカ系アメリカ人⇒盲人⇒人道的⇒いい人
    イギリス人(白人)⇒高利貸し⇒非人道的⇒悪い人

    フランス人=出てこない

    舞台⇒イギリス⇒古典音楽⇒ピアノ⇒アメリカ⇒救済

    ダニー⇒イギリス⇒犬
    ダニー⇒アメリカ⇒人


    ここまでは、すごくわかり易いんですよ、ここまでは。
    e0039500_0134877.jpg

    問題はここからです。ヴィクトリア(ケリー・コンドン)が問題。
    多分個人的にヴィクトリアで引っかかってると思われ・・・。

    ヴィクトリア=両親居ない=アフリカ系アメリカ人(サム)に育てられる
    ヴィクトリア⇒矯正⇒Unleashed(解放)
    ヴィクトリア=アメリカ(白人)⇒イギリス・ピアノ⇒アメリカ・Unleashed(解放)
    ヴィクトリア=ダニーの物理的解放者・ダニーの初恋?
    ヴィクトリア=唯一陽の目に当たる



    ヴィクトリア=1人勝ち?


    いやね、ダニーは犬からは解放されたかもしれないし、それをアメリカが請け負ったというのはわかり易いのだけれども、最終的に人間としてアメリカでは「Others(他者)」というところにはめ込まれてしまっただけでね・・・サムと同じような立場になったというかね。それに比べて、ヴィクトリアは両親を失って、盲人でアフリカ系アメリカ人であるサムに育てられ、イギリスという箔を付けたらアメリカで陽の目に当たれるわけですよ、眩しいくらいにスポットライトを浴びて。そして暗がりから密かにサムとダニー(どちらも身体的に健常でない)が見守るという図で終わるんです。

    もう一度見てみたいところだらけで、細かい分析はしようがないんですが、Unleashedというタイトルに最も相応しいのは実はダニーではなく、ヴィクトリアなんじゃないかと・・・。むしろダニーやサムはヴィクトリアが自分が本来属するところはそこじゃないという認識を持たせる機能でしかなく、むしろアメリカのWASPsの社会から隔離されたことですこぶる純真無垢に育ったという描写のされ方です。

    この映画はアメリカ・イギリス・フランスの合同製作のようですが、フランスというのが抜け落ちてますし、そこはリュックベッソンが故意に抜いたのかなとも思えます。『Kiss of the dragon』や『レオン』にあるフレンチな記号・コードが無いんですよ。汚い役回りは全てイギリスに押し付けたみたいなところはあるんですがね(笑)

    あと、蛇足をするとしたら、カメラワークでしょうかね。非常に優等生的というか、忠実というか、少し五月蝿いというか。これでもかというくらい俯瞰ショットを見せてくれました。監督の指示なのか、撮影者(シネマトグラファー)によるものなのかはわかりませんが。

    この映画をダニーで見てしまうと、捨て犬がひどい飼い主からベターな優しい飼い主に拾われてめでたしめでたしになってします。そういう意味では、タイトルは『ダニー・ザ・ドッグ』、つまり犬でいいんですが、『Unleashed(解放)』とするならば、やはりヴィクトリアで見ないと・・・になってしまいますね。
    e0039500_124117.jpg
    Depper

    公式:
    http://www.dannythedog.jp/(日)
    http://www.dannythedog-lefilm.com/(仏)
    http://unleashedmovie.com/(米)

    参照:
    http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=322105
    http://www.imdb.com/title/tt0342258/maindetails
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    by Corin_Depper | 2005-08-27 01:04 | レビューと考察
    意外な『たそがれ清兵衛』の構造を少し考える
    主人公の 清兵衛真田広之) が最終的に闘わざるをえなかった相手。
    e0039500_9245444.jpg

    それは海坂藩(元)馬回り役 余五善右衛門田中泯) である。
    e0039500_9242383.jpg

    映画『たそがれ清兵衛』の構造をこの二人を通して見たときに、意外な構造が見えてきた。それは映画の中(Diegetic)の世界の主人公井口清兵衛と余五善右衛門ではなく、彼らが職業として背負う看板にある。

    e0039500_9554093.jpg大英帝国より勲章第5位
    Member of the Order of the British Empire(MBE)

    つまり、役者としてDuke(公爵)の肩書きを持つ真田広之。





    e0039500_9555876.jpgフランス政府より芸術文化騎士章
    Chevalier des arts et des lettres

    つまり、ダンサーとしてChevalier(騎士)の肩書きを持つ田中泯。





    要するに・・・



    イギリス vs. フランスの代理戦争だったのだ!

    壮絶な死闘の後、最終的に真田が勝利する。
    つまり、フランスが討たれ、イギリスが勝利するのだ。
    日本家屋の中で、しかも家屋の構造により泯は負ける・・・。
    これはある意味すこぶる政治的な構図である。

    ・・・失礼しました。
    Depper

    参照:
    真田広之ファンサイト(英語)
    田中泯オフィシャルHP
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    by Corin_Depper | 2005-08-23 10:14 | レビューと考察
    『たそがれ清兵衛』で男ついて少し考える
    e0039500_1241240.jpg久しぶりにDVDで『たそがれ清兵衛』を鑑賞。これで見るのはかれこれ3度目か4度目だったのだが、ふとある一つの疑問が脳裏をよぎった。それは、清兵衛は最初からすごくフェミナイズ/女性化(Feminized)もしくは激しく去勢された(Castrated)状態ではないか!ということ。そして、「武士」ではあるかもしれないが、「サムライ(Samurai)」ではないな、ということ。

    先に一言弁明しておきますが、これはあくまでもジェンダー的表象という角度からこの映画もしくはあらゆる映画の構成要素を見た場合に見えた一貫性のお話で、表面上の物語とは異なりますし、どちらかというと少しビジュアル精神分析(Psychoanalysis)に近いカタチになりますが、一から映像取り上げてやるつもりもありませんし、これは!Σ(・Д・ノ)ノ と思ったところを羅列してみようかと・・・。
    e0039500_13393444.jpg
    まず、主人公の清兵衛は最初から男らしさを抑圧された状況・環境から映画は始まります。つまり、妻を亡くしたところからですが、これにより彼は性的な対象外の女性のみに囲まれて生活をすることになるのです。つまり、男という性を感じることができない状態で、かつ女性(しかも性的に未発達・もしくは性的魅力の喪失した)と共存をするわけです。

    次に、多くの海外での批評・レビューでは彼の父親としての側面が語られていますが。それもそのはず、「父」であるだけで、「男性」ではないからです。名前は出しませんが、どこぞの日本の新聞は古き懐かしの父親像とどこぞのイラストレーターの名前で書かれていましたが、とんでもない。古き懐かしいのは時代であって、清兵衛はむしろその時代にはイビツな現代における理想の父親像なのです(よって極端な男らしさが伺えない)。つまり、プライベートでは「親父」でありさえすればよい状況下で、性的な男性である必要性が全く与えられてなく、なおかつ古き良き家父長的な父親像も持ち合わせてなく(叔父役の丹波哲郎がむしろそれ)、ただただ生活を支える経済的な力だけで、それすらもアイデンティティにできるほど稼げていません。古いかどうかは別として、ありとあらゆる男性が削られている。そんな役柄です、清兵衛。

    そして彼は「武士」という身分でありながら、時代柄「武士」をさせてもらえていません。徐々に「武士」である身だしなみは損なわれ(男らしさが損なわれ)刀を鍬や鋤に持ち替えて農作業をやらされ、勤め先では事務ばかり。つまり、男根の象徴(Phallus)である刀の存在価値を全く否定された状況でいわゆる「武士」をやらされているのです。更に更に、聞けば戸田しぇんしぇいのところで習った剣術は、小太刀というではありませんか。男根(Phallus)の象徴である刀すら極端に短いものなのです。もはや彼の男としてのアイデンティティはずたぼろです。逆にそういう環境に安住しているようでもあります。
    e0039500_1463053.jpg
    ところが、そんな男らしさを失い、女性化されてしまっている清兵衛に、お上から「男になれ」と藩命を受けます。つまり、「武士」の本分である刀による戦闘行為を行い、藩随一の剣術の使い手を討ち取って「男のアイデンティティ」を再構築してこいということです。さぁ、これは困った清兵衛。そこで重要な役割をするのが親友飯沼の妹の朋江です。(名前をピンクにしたら過激フェミの方からしかられそうです・・・汗)彼女は最初から「女性」をぷんぷん匂わせて登場します。その彼女をまず別れた夫から木刀(まだ真剣を扱えるほど男を回復できない清兵衛)で守ることによって、昔あった自分の中の「男」を確認させられます。その朋江はんを呼び寄せて、心中にある「男」の欲求をぶつけ、「武士」としての身だしなみを整えてもらうことで、彼は「男になる」準備と覚悟をするのです。ただ、まげを整え、正装をするだけで、頭などは剃ることもできず到底完璧な「武士」の姿ではないのです。

    そして彼が無事お役目を終えて「男」を証明して帰ったとき、そこに「女」である朋江が待っていることは容易に想像が付きました。この後に、朋江を娶り、数年一緒に暮らした後に「兵士」ではなく「武士」として戦いに参加し、討ち死にをしたようですが、彼が身なりも精神も「武士」である状態で人生を閉じたであろうことは想像に難くありません。こうしてジェンダーという側面で眺めてみると、この映画は主人公の「男らしさ」の回復の物語であります。最初から彼の「父性」としてのアイデンティティは揺らがず不動ですが、性的「男性」としては不能でありました。それを最終的に回復させたのはまぎれもなく性的「女性」でした。

    時代は変わり、社会では男性の女性化が叫ばれるようになって久しく、この国に「武士」は消え、上っ面の男根を振り回せない現代の男性はどこで「男」を見つければよいのでしょうか。そんなところを見ながら、そんなことを考えさせられながら鑑賞した今回の『たそがれ清兵衛』でした。
    Depper

    公式:
    http://www.shochiku.co.jp/seibei/

    参照:
    http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=238297
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    by Corin_Depper | 2005-08-19 14:34 | レビューと考察
    『Wedding Crashers』
    『Wedding Crashers』、全米Box Officeでまさかの大健闘です。詳しくは↓

    ■「ウェディング・クラッシャーズ」が首位に浮上。新作群は不振

    オーウェン・ウィルソン、ビンス・ボーン主演のコメディ『ウェディング・クラッシャーズ』が公開3週目にして首位を獲得。累計興収も1億ドルを突破し、最終的には1億7000万ドル以上の興収が見込める模様。公開から3週目にナンバーワンを獲るというのは極めて希なケースで、配給元のニューラインにとっては驚きの大ヒットとなっている。一方、その煽りをくったのが3、4、5位にランクインした新作3本。3位のディズニー映画「スカイ・ハイ」はカート・ラッセル、ケリー・プレストン主演のファミリー向けアドベンチャー。意外にもこれが今年のウォルト・ディズニー最高のオープニング作品。続いて4位に入ったのはソニーの超大作「ステルス」。1億ドル超のバジェット+3495館という超拡大規模の公開ながら、オープニング3日間の成績はまさかの1350万ドル。ちなみに、監督は「トリプルX」のロブ・コーエン。実はソニーは今年の春先、監督がコーエンからリー・タマホリに交代した「トリプルX2」もコけさせており、まさに踏んだり蹴ったりとなった。5位に入ったのはダイアン・レイン、ジョン・キューザック主演のロマンティック・コメディ「マスト・ラブ・ドッグス」。25歳以上の女性をターゲットに作られているため、約1300万ドルという数字は決して悪くないだろう。
    (eiga.comより抜粋)

    e0039500_11475387.jpgこの映画見ましたが、そんなヒットになるとは思わなかった…というのが個人的な感想。ストーリー的には、少年という歳でもなく、立派に職にもついているオトコ達が、精神的に大人になりきれず、あらゆる結婚式に潜入しては女遊びを繰り返すうち、ついに愛する女性を見つけ、大人としての自分の生きる道、身の固め方を見いだしてゆくという内容。Ben Stiller, Jack Black, そしてOwen Wilsonといった俳優たちが得意とする、ハリウッド(ロマンス)コメディお気に入りの展開です。

    コメディとして、何か新しいものがあるわけではないんです。思ったとおりの展開とエンディングです。キャスティングも、スターペルソナに忠実で、極めてありがち。特に途中から顔を出すWill Ferrellはあまりにもハマりすぎていて、先が読めてしまう。

    いや、待てよ…、 えっ、あれ? むしろ読まされている!? 目を覚ませよ、自分!!

    e0039500_11404324.jpg……というわけでこの映画は、「こういう映画ですよ」という製作側の売り出し方と、「こういう映画だろう」という観客の予想の間のギャップが極めて小さい作品だと思うのです。言い換えれば、作り手がたくさんの「お約束」を映画のなかで行い、見る側は「裏切られない安心感」を保障されたうえで気楽に楽しむことができる作品。もっと言えば、タイトルやキャスティング、ポスターや予告編などの宣伝を通じて生まれた『Wedding Crashers』 という映画に対する観客の期待に映画自体が忠実であり、いわば製作側と観客の間の「暗黙の契約」が履行された結果、3週目にして首位を獲るという快挙に繋がったのだと思われます。

    結果として、『Wedding Crashers』 は「ありがちなコメディ映画」として認識されればされるほど、興行的に極めてセーフな映画である、と言えるのではないでしょうか。

    Corin
    公式:
    http://www.weddingcrashersmovie.com/
    参照:
    http://www.imdb.com/title/tt0396269/ (IMDB)
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    by Corin_Depper | 2005-08-09 11:49 | レビューと考察
    トレイン・スポッティング(1996)
    e0039500_22552737.jpg昨夜約10年ぶりにDVDでTrain Spotting(トレインスポッティング)を見た。とりわけこの映画のプロダクションディテールは割愛。そしてとりあえずイギリス映画的な考察・議論も一時停止。で、一つ見ていて新鮮だった台詞があった。10年後に見て初めてアンテナに引っかかった場所。マーク・レントンに扮するユアン・マクレガーが発する台詞。彼の不自然な訛りはさておき、ここにある種の共感を覚えた。

    その台詞は以下↓

    Mark "Rent-boy" Renton:
    It's SHITE being Scottish! We're the lowest of the low. The scum of the fucking Earth! The most wretched miserable servile pathetic trash that was ever shat on civilization. Some people hate the English. I don't. They're just wankers. We, on the other hand, are colonized by wankers. Can't even find a decent culture to get colonized by. We're ruled by effete assholes. It's a shite state of affairs to be in, Tommy, and all the fresh air in the world won't make any fucking difference!

    (勝手な訳)
    スコットランド人であることはクソだ。俺らは一番最低でこの地球のゴミみたいなもんだ。文明史上、最も哀れで貧しくて卑屈で情けないクソだ。イングランド人を嫌う奴らもいるけど、俺はとりわけ嫌いじゃない。奴らはただオナニストなだけだ。そしてスコットランド人はそのオナニスト達に殖民されてて、殖民されるに値いするまともな文化も持ち合わせちゃいない。そして俺らはその退廃的なクソ野郎どもに支配されてるんだ。それはこのクソみたいな国の問題なんだよ、トミー、そしてこの世の全ての新鮮な大気でも何も変えることはできないんだ!

    なんとも自虐的かつ絶望的、
    しかし幾分反骨的な姿勢も発見できる。

    この台詞を、
    English(イングランド人)をAmerican(アメリカ人)に、
    Scottish(スコットランド人)をJapanese(日本人)に、
    置き換えて復唱してみると・・・。

    Depper

    参照:
    http://www.imdb.com/title/tt0117951/maindetails
    http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=51832
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    by Corin_Depper | 2005-08-01 23:14 | レビューと考察